現地に行かなければ、なかなか分からないことがあります。
その1つが、相場観というものです。
こと日本に輸入されたものについては、様々な輸入・通関に関するコストや販売マージン等がかかっており、実際の茶葉そのものの値段が分かりにくくなります。
中国の大都市にある販売店の価格も、あまり当てにならないことがあります。
中身のお茶よりも、パッケージや店の雰囲気などに多くの費用が費やされている場合もあるからです。
そのようなことから、産地に行ったら値段を確認し、その流れを捉えるようにしています。
産地の値段
杭州では、まず梅家塢へ。
西湖龍井茶の名産地であり、一級保護区とされる産地の一つです。
現地で著名な茶荘にお邪魔し、今年の龍井茶の値段を確認してきました。
現地では”老茶樹”といわれる在来種の値段を聞いてみたところ、4月18日現在の最低価格は1斤2800元(500gで約5万円)で、それ以下は無い、との回答でした。
最低でも100gで1万円ですから、日本のお茶の相場に慣れてしまっていると、驚く金額なのかもしれません。
が、全てが手摘みであることを考えると妥当な金額では無いかと思います。
現在、茶摘み人の日給が1日150~200元(別途、宿泊費や交通費負担あり)で、高水準の茶摘みをしようとすれば摘採できる生葉の量は1日に半斤(250g)程度。
生葉4斤で1斤の製品茶が出来ると考えると、1斤のお茶には8名分の人件費(1200~1600元)が最低かかっていることになります。
これとは別に製茶の人件費や茶園管理の費用、販売経費等々がかかるのですから、そのくらいの値段になるのは全く不思議なことではありません。
これを高いと言ってしまっては、巷で話題の”ブラック企業”になってしまいます。
中国の人件費は、これからも上がり続けることは避けられないので、同じ品質であれば、値段が高くなることはあっても安くなることはないのだろうな、と思います(摘み手の日給200元でも、日本円に換算すれば日給3,600円。重労働の割には、まだ安いのです)。
続いて、翌日は西湖龍井茶の二級保護区である村へ。
同じ杭州市西湖区でも、産地は一級保護区と二級保護区に分かれており、それぞれ取引される相場が異なります。
こちらの村では、龍井茶の生産が本格的に始まったのは、1990年代からとのことでした。
龍井43という新品種を用いて西湖龍井茶を生産しています(西湖龍井茶は使用できる品種が3つに限られています)。
もっとも値段の高かった、初摘みの西湖龍井茶の価格を聞くと、1斤1500元(500gで約2万7千円)とのことでした。
これは農家渡しの金額なので、少し補正する必要がありますが、一級保護区産の茶葉と比較すると、やはり相場は低いようです。
このように一級保護区と二級保護区では相場にかなり差はあるのですが、市場ではいずれも西湖龍井茶として流通することができます。
実際、生産量が多いのは、より広い面積を占めている二級保護区産の茶葉です。
ただの西湖龍井茶ならば、比較的お手ごろなお茶もあるのですが、獅峰山、龍井村、梅家塢などの一級保護区産に限ろうとすると、途端に値段が上がる・・・というのは、このような理由からです。
街の値段
産地での価格を見ていると、コストを積み上げれば、非常に納得性の高い価格だと感じます。
しかし、街へ出てみると、全く違う世界があります。
観光客が多く訪れる、古い街並みを再現した河坊街には多くの土産物店などが立ち並んでいます。
そうした中には、当然、杭州名物である龍井茶を販売するお茶屋さんも多く出店しています。
そうした店の中には、こちらがビックリしてしまうような価格を提示しているお店もあります。
たとえば、こちらのお店。「龍井緑茶」を販売しています。
大きな缶入りは、20元(約360円)。中くらいの缶入りは10元(約180円)で販売しています。
しかも、大きな缶を1缶買えば、中くらいの缶をサービスでつけてくれるそうです。
天津甘栗ではありませんが、目の前で茶葉を炒る実演販売もしています。
茶葉の外観などを見る限りは、かなり大ぶりの茶葉で、ざっくりとしたお茶です。
さすがに購入して飲んでみる気にはなりませんでしたが、おそらく、外地産のお茶では無いかと思われます。
本来、「龍井茶」であれば、これは国家標準(国家基準)『地理的表示製品 龍井茶』において生産地域や製法などが指定されており、その名称は国家によって保護されています。
いわゆる地理的表示製品です。地域についていえば、浙江省の一部の地域で作られたもののみが龍井茶となります。
それ以外の産地で作られたものや品質の劣るものなどを販売していれば、違法に名称を使用したとして、当局からの取り締まりの対象となります。
が、この店で販売しているのは、あくまで「龍井緑茶」なので、その規制からは外れるということなのだろうと思います。
これは「龍井茶”風”の緑茶である。そのように大きく表示している」と販売業者が強弁すれば、それで通ってしまうのかもしれません。
とはいえ、こうした紛らわしい表示をされることは、消費者が龍井茶の妥当な相場観を持つことを妨げている一面はあると思います。
農産品であり工芸品の要素もあるため、まさにピンからキリまであるのが、お茶という商品です。
それぞれの価格の理由そして相場観といったものを消費者に適切に伝える努力も、業界側・担い手の側にも求められてくるのではないかと感じました。
いっそのこと、メーカー希望小売価格ならぬ、産地希望小売価格でも出した方が良いのではないか・・・と思ってしまいます。
次回は5月21日の更新を予定しています。