11月18日~20日迄、湖南省株洲市茶陵県で開催された、第15回国際茶文化研討会と第1回茶祖文化節に出席してきました。
国際茶文化研討会の方で論文の募集があり、大変ありがたいことにそちらに推挙いただきました。
結果、論文集へ採用されたことから、海外からの招待者として参加させていただくことができました。
国際茶文化研討会は、中国の有力な茶業団体の1つである中国国際茶文化研究会が、2年に1度開催するものです。
茶文化研究の第一人者の方が多く論文を寄稿されるほか、海外からの招待者も多数おり、「茶界のオリンピック」とも呼ばれる会合です。
そのような会であるだけに、ここでやり取りされる情報にアクセスできることは、非常にありがたいことです。
研討会のお話は、非常に多岐にわたるので、後日に分割してご報告することとして、今回は研討会と同時に開催された地元の主催イベント「茶祖文化節」について、ご紹介したいと思います。
なお、会場となった茶陵県は、湖南省の省都・長沙から車で約3時間程の場所にある、小さな田舎町です。
意外なことに、中国では歴史的に見ても「茶」という文字を用いた行政単位は、ここしかないのだそうです。
炎帝神農の出身地
人類が茶を飲み始めた時期については、様々な説がありますが、中国茶に触れる方であれば、必ず一度は耳にするのが「神農(氏)」の伝説です。
大まかに言えば、”百の草を舐め、一日に72の毒にあたったが、茶で解毒した”とされる神話に近い伝説です。
そもそも、この「神農」という人物が存在したか否か(あるいは単独の人物であったかどうか)ということについても諸説があり、定かではないのですが、その神農が出生したのは、湖南省の茶陵県一帯であった、とされています。
隣の炎陵県には、”炎帝陵”という炎帝を埋葬した場所と伝えられる史跡があるほか、陸羽も茶経で触れたことなどから、この周辺が神農の活躍した地域であるとみなされています。
※なお、炎帝陵と伝えられる場所は国内にいくつかあり、陝西省宝鶏市にも有名な炎帝陵があります。
中華茶祖文化園
このようなことを根拠に、2015年12月26日、湖南省茶陵県に茶祖たる炎帝神農を祀る、中華茶祖文化園がオープンしました。
この公園は、総面積が12800畝(約853ha)と、中国で最大規模を誇る茶文化をテーマにした公園であり、シンボルとして茶祖神農の像が小高い丘の上に建てられています。
神農像の高さは、神農があたった72毒からか72尺(約24m)であり、台座の高さは36尺(天罡星三十六星にちなむ)。
台座部分の辺の長さは56尺(中国の56の民族にちなむ。中華民族の統合の証とのことです)というスケールの大きさです。
山の中腹部分には、陸羽の像も設置され、茶にゆかりのあるこの2名が茶陵県の街を見つめている、という風情になっています。
公園に至るまでの両脇の道は、地元の茶業者がデベロッパーとして開発を行っており、地元湖南省の安化黒茶のみならず、安渓鉄観音やプーアル茶、安吉白茶などの大手茶業者の販売店が建ち並ぶ、ちょっとした茶城のような雰囲気になっています。
※実際はテナントが入らないのか、開発したデベロッパーがフランチャイズ権を購入して運営する店舗になっていました。商品の品揃えも少なく、店舗内はガラガラであり、いつまで続くかは疑問です・・・
茶祖文化節の開会式
今回は国際茶文化研討会という大きなイベントの誘致に成功したこともあってか、それに合わせて、地元のイベントとして第1回茶祖文化節(「節」というのはいわゆる「祭」の意)が開催されました。
多くの有力な茶業関係者、学者のいるところで、イベントを立ち上げ、全国に一気に茶陵県の名前を広げよう、という地元の意図が見てとれます。
会場となったのは、夜の中華茶祖文化園。
国際茶文化研討会と茶祖文化節の合同開会式という体裁で、ライトアップされた神農像のもとにステージが設けられ、ここを使って来賓のスピーチや茶をテーマにした劇や歌、踊りの披露が1時間半にわたって行われました。
開会式典では、「世界茶祖文化発源地」(世界の茶祖文化発祥の地)という碑が公開されました。
これは、茶陵県こそが茶祖から始まる茶文化の発祥の地であると言うことを声高らかにアピールする意味合いがあると思われます。
有力な茶業関係者や学者の見守るところで、これをやることに地元政府としては大いに意義があるわけです。
そのあと、様々なお茶をモチーフとした演劇や歌、雑伎などが披露されます。
現在、茶産地では武夷山の”印象大紅袍”や杭州の”印象西湖”など、茶をモチーフにしたショービジネスが活況です。
茶にまつわる観光で訪問した旅行客の夜の定番コースとなっていて、地元への経済効果は無視できないものがあるからです。
特に強調はされていませんでしたが、そうした部分を狙う意図もあるのかもしれません。
しかし、観光資源が少ないこの地域で劇場を運営して維持するのは、なかなか難しそうです。
茶祖文化節の式典
翌朝、同じ中華茶祖文化園にて、茶祖を祀る約1時間ほどの式典が開催されました。
式典では、中国国際茶文化研究会の周国富会長が神農に献げる言葉を読んだほか、湖南省の幹部が多く登場するなど、地元政府としての力の入れようが感じられました。
参列者は数百名に上り、皆、黄色い布をかけて参加しており、大変盛況の様子がテレビカメラや報道のカメラに収められていました。
湖南省の株洲市、茶陵県としては、これで茶祖の街であることの印象づけに成功し、茶文化に関心のある旅行者の「茶旅」での来訪を期待したい、というところであり、さらには地元の茶業も発展させていきたい、ということのようです。
今後に繋がるかどうかは未知数
しかしながら、実はこの地域は湖南省の中でも茶業が決して盛んな地域ではありません。
歴史的にも茶業が盛んだった痕跡はほぼなく、それを裏付けるように地元産の著名な名茶が存在しない地域です。
そのことは地元でも意識されているのか、中華茶祖文化園の開園と同時に、地元ブランドの紅茶として「茶祖・三湘紅」という紅茶を売り出しにかかっています。
が、実際に飲んでみたところ、特殊な品種であったり製法を用いているわけではないので、渋みの少ない普通の紅茶という印象に留まり、どうにもPR材料には乏しく感じました。
湖南省のこの地域は、やはり内陸の農村部ということで、決して大きな産業があるわけではありません。
その意味でも、茶業および茶にまつわる観光収入というのは、大いに当て込みたいところなのだと思います。
だからこそ、多額の費用を投じて、このような会議を誘致したり、それに見合うようなホテルも新しく建てたり、公園の開発を行ったわけです。
しかし、実態としては、今のところは、どうも上手く噛み合っていない・・・という印象を持ちました。
今後、この地域が茶業の成功例として名前を多く聞くようになるのか、それともこれが一過性の打ち上げ花火に終わるのかは、まだ分かりません。
おそらく、茶業が急速に発展していく中では、このような地域は中国のあちこちに数多くあるのだろうと思います。
今回は非常に良いケースを見たような気がしています。
次回は12月10日の更新を予定しています。