第69回:中国の「茶旅」の現状報告(3)雅安茶廠

雅安のもう1つの特産茶-蔵茶

四川省雅安市のお茶は、蒙頂山の蒙山茶だけではありません。
主にチベット(西蔵)に向けて出荷される、康磚茶や金尖茶などの黒茶。
いわゆる「蔵茶」のふるさとでもあります。

今回の旅では、西暦1546年からの歴史を誇る、元・国営の雅安茶廠を訪問しました。

長らく国営とされてきた雅安茶廠は2000年から民営化され、現在は上場会社となっています。
社員数は雅安茶廠の本体だけで110名ほど。生産能力は約2万トンとのことでした。

 

蔵茶の製法は無形文化遺産で見学お断り

従来であれば、この会社は非常にガードの固い会社でした。
実際、今も正門のそばには、見学お断りの看板が掲げられています。

無形文化遺産のため”謝絶参観”

その理由は、いくつかあります。

まず第一に、ここで生産されている「蔵茶」が、中国の少数民族政策上、非常に重要なものだからです。
少数民族の生命線となっているお茶を安定的に、そして安価に供給することは、中国にとっては少数民族への利益供与になります。言い換えれば外交カードです。
中国という国の歴史を紐解けば、歴代の王朝が滅びた理由は、役人の不正や汚職が蔓延して民衆の不満が高まって反乱が起きるか、異民族に攻め込まれるかのいずれかです。
そのうち、後者の対策となるのが、辺境に向けて販売するお茶(辺銷茶・辺茶)の供給をコントロールすることです。
この重要さゆえに、茶業が壊滅状態の中でも、絶えること無く生産を続けてきたわけです。
特に、ここは何かと話題に上るチベット向けのお茶を生産していますから、他の産地よりも遙かに重要です。

さらに、蔵茶の製法は国の定めている「中国非物質文化遺産」(いわゆる無形文化遺産)に選定されています。
蔵茶の製法、とりわけ渥堆発酵の技術については、国家二級機密に指定されており、誰にでも公開されているものではありません。
これについては、上記の政治的な重要性を鑑みれば、当然のことと理解できるでしょう。
万が一、他国にお茶の供給源が移れば、重要なカードを失うことになるからです。

さらに、少数民族向けのお茶の製造メーカーには、国家から補助金が出ています。
補助金が出ているとなれば、当然、政府からの関与は大きくあります。
民間企業といえども自由度は高くはありませんから、なかなかリスクを伴うことには踏み出せません。

ざっとこのような理由から、
「よほどのことがない限り、中国人でも見学は出来ない。ましてや、外国人を入れるなんて・・・」
というのが、ここに限らず、いくつかある蔵茶メーカーの一般的な対応だったと思います。

 

併設されている中国蔵茶博物館

もっとも、ここは歴史あるメーカーということもあり、工場の隣に中国蔵茶博物館という施設を併設しています。
工場は見学できないのですが、この博物館を見学することが出来るようになっています。
特に今回は特別なルートでお願いをしていたこともあり、快く案内していただけました(それでも事前に名簿の提出などを行っています)。

上海からの茶旅の一行も見学

敷地に入ると、茶の増産を命じた”毛主席語録”と習近平主席が語ったとされる「一枚の葉が、大勢の庶民を豊かにした」という言葉が並んで掲げられています。

これだけを見ても、茶が政治的にも非常に重要な地位を占めていることが分かると思います。
蔵茶は特にそうです。

この博物館の入口部分には、模型などを使って伝統的な製法を紹介するコーナーがあります。

殺青工程

揉捻工程

揀剔工程

蔵茶の製造工程は非常に複雑で32の工程があるとされており、展示だけでは、それを網羅することは出来ません。
キーワードとしては、「三蒸三揉四発酵」とのことでした。

貴重な展示品も

その奥の展示室には、使われてきた古い生産器具や雅安茶廠が生産してきた製品群、さらには様々な文書が展示されています。

1970年代の製品

最高指示書

文書は、政府からの増産を促す下知文であったり、各地の著名な国営工場から雅安茶廠に黒茶の渥堆発酵を学びに来たこと対してのお礼状なども展示されています。
学びに来ていた工場名と書かれている中身、その送られてきた年代を確認すると、同社が中国の黒茶生産において、いかに重要な地位にあったが良く分かります。
黒茶の歴史を語る上では、ここはやはり外せない場所だと思います。

茶旅向けの施設を建設中

さらに、現在、雅安茶廠でも茶旅の受け入れに向けた施設を建設中とのことで、その区画を特別に見せてもらうことができました。
このエリアは、かなり今までとは雰囲気が違います。

チベットの雰囲気を体験するためか?マニ車まで設置されています。

観光客が回せるようになっているマニ車

さらに、建物の壁には、「雅安人民の茶廠」との表記も。

雅安人民的茶廠

入口の「謝絶参観」とは、かなり雰囲気が違います。

見学コースは、最初に原料茶の貯蔵庫を通るようになっています。

原料貯蔵庫

同社では、さまざまな季節のお茶、産地のお茶などをブレンドして生産を行うため、膨大な量のお茶が貯蔵されています。
そのスケールを見ると、年間2万トンの生産能力というのも、納得できます。

さらに、生産ラインの一部も上の方の通路から見学することが出来るようになっています。

緊圧工程

寝かせたお茶を切り出す退磚工程(金尖茶)

包装工程

もちろん、肝心の部分である渥堆は見られないのですが・・・

このように工場の生産現場を見せるように転じたのは、昨今の消費者の不安感払拭という面もあるのだろうと思います。
特に、黒茶の場合は製法がブラックボックスになっているだけに、「衛生的な作り方をしていないのではないか?」という中国の消費者からの不信感が出ることもあります。
実際、衛生的なことを売りにして大きくシェアを伸ばしている企業もあります。
これも時代の流れでしょう。

そのような流れに対応する意味でも、工場の一部をできるだけ、オープンにすることで、信頼を得たいということなのだろうと思います。
正直、年代物の機械が使われていたりして、近代的な工場と比べれば見栄えはしないのですが、きちんと作業スペースは整理されていますし、スタッフの身だしなみもしっかりしており、このあたりは一定の安心感を得られるのではないかと思いました。

 

茶文化体験施設も

同社の蔵茶は一定期間、工場で寝かせ、それから出荷をします。
その寝かせておくための倉庫(ウイスキーの貯蔵庫のようなもの)も建設中のものを見せてもらいました。

蔵茶の”パスワード”と名付けられた製品貯蔵庫

中は非常にスタイリッシュな空間に仕上がっていて、今までの蔵茶のイメージが一新されそうです。
また、世界各地の茶文化を体験することのできる四合院スタイルの建物も建設中でした。
この建物の壁には、蔵茶の一種である金尖茶が使われています。

金尖茶を用いた壁面

これらの施設は来年にはオープンの予定とのことでした。
同社は、中国初の茶文化テーマホテルである西康大酒店を傘下に保有しており、そのノウハウなども投入されるようです。
「出来映えを是非確認したい!」という参加者の方も多かったことから、来年も訪問することにしました。

 

「ようやく漢民族も蔵茶を飲めるようになったんです」

最後に、同社の担当者の方と意見交換を行いました。

これらの新しい施設や情報発信を担当しているのは、最近採用されたばかりの若手の社員です。
新しい新規事業には従来の考え方では無く、若い新しい感性で、ということなのだろうと思います。
同社の経営しているホテル・西康大酒店も支配人は異業種の人材を新たに採用し、適切に任せることで、上手に運営しているので、その成功事例に倣っているのかもしれません。

この担当者の方もそうですし、雅安の蔵茶関係者が口を揃えて言うのが、

「ようやく、我々漢民族も蔵茶を飲めるようになったんです」

という言葉です。

冒頭に外交カードになるという話をしましたが、中国の茶葉生産量が少ないうちは、茶葉は貴重な資源でした。
生産した茶葉は全てを少数民族に回さなければ、供給が追いつかなかったのです。
そのため、蔵茶を生産している工場の人間でも、蔵茶を飲むことは許されなかったと言います。

ところが、中国の茶葉生産量が増え、十分な供給が出来る見込みが立ちました。
そこで、今後は漢民族にも蔵茶を売り込んでいきたい。そこには非常に大きな市場とチャンスがある、と大変前向きなのです。

これまで飲むことが許されていなかったお茶だけに、蔵茶というのは中国人でも知る人は多くありません。
知っていても、少数民族向けの下級茶というイメージやミルクティーにするもの、という偏ったイメージ・知識しか無い方が多いわけです。

そこを変化させていくために、さまざまな研究機関と共同で成分分析を行って、その内容をWeChatなどで発表したり。
非常に多くの情報発信を行って、蔵茶のイメージを変えようとしています。
建設中の茶旅向けの施設もその一環、ということのようです。

茶の生産や茶旅の受け入れは、現在、国家的な指示の下で展開されています。
しかし、各企業は、その指示をただ指示として受け取ってはいないようです。
この機会を活かして、さまざまな創意工夫を施し、積極的にマーケットを切り拓こうとしています。
いわば起業家精神のようなものが、担当者からも見てとれました。

雨の多い雅安では珍しく、雲間に青空が

 

次回は4月30日の更新を予定しています。

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