第88回:どう読むか?日本語ならではの問題

日本語ならではの問題点

日本で中国茶や台湾茶のようなものを学ぶとき、難しい問題があります。
中国茶・台湾茶は異国のものではありますが、いずれも漢字で記述されます。
漢字を用いているという点で、日本人にとっては馴染みやすいものになるはず・・・なのですが、言語が違うので現地での発音は日本語と全く違います。

現地での呼称を優先して、となるとカタカナ表記にすることも考えられます。
が、「チンジュンメイ」「トンディンウーロン」と書かれてもピンときません。
やはり日本も漢字の国なので、「金駿眉」「凍頂烏龍」と書いてもらった方が、しっくりきます。
地図で「コワンチョウ」「チョントゥー」「チョーチアン省」と書かれるよりも、「広州」「成都」「浙江省」と書かれた方がピンと来るのと同じです(※最近、中国の地名は学習用地図帳ではこのようにカタカナ表記されています)。

そうなると現実的かつ分かりやすい対応方法として、中国語の漢字を日本語読みすることになるのですが、これが厄介です。
中国語なら、漢字に対してほぼ一つの読み方が対応するのですが、日本語の場合は音読みと訓読みがありますし、それぞれ複数の読み方があったりします。

たとえば、「岩茶」を「がんちゃ」と読むか、「いわちゃ」と読むか。「白茶」を「はくちゃ」と読むか、「しろちゃ」と読むかによって、語感が全く変わります。
また、中国語の読みをそのまま借りて読む方法もあります。
一例を挙げれば、「龍井茶」を「ロンジンちゃ」、「普洱茶」を「プーアルちゃ」と読むなどです。
これを日本語の漢字の読み方のみで「りゅうせいちゃ」「ふじちゃ」と読むのでは、全くイメージが違います。

何でも中国語読みを使えば良いかというと、そうでもありません。龍井茶、普洱茶クラスのものに限られます。
たとえば「ピロチュン」と読んでしまうと、「碧螺春」という言葉に変換できる人は限られてしまいます。

 

どのような読み方が良いのか?

中国語のお茶の名前を日本語にする場合、どのような点に気をつければ良いのでしょうか?
基準として出てきそうなのは、

1.文字の読み方として誤りでは無いもの(その漢字の単体の読みとして存在しているもの)
2.現地の発音に比較的近い読み方(概ね音読み優先)

あたりが原則となりそうで、その上で、

3.日本語として発音しやすいもの(語呂・語感が良い)
4.音を聞いて文字がイメージしやすいもの(敢えて訓読みをする)
5.既によく知られた読み方があれば、それを優先する

などの諸条件を鑑みて、文字通り、「人口に膾炙しやすいもの」に収斂されていくのではないかと思います。

とはいえ、上記の条件を全て包括することは難しく、実際には主観であったり、聞いたことがある、最初に習ったなどの理由から、様々な読み方が混在しているのが現状です。
おそらく、初めて中国茶に触れる方にとっては、このあたりの読み方の揺れは戸惑いを生む原因になっているような気がします。

上記の条件の1について言えば、そのようなものはあまり無いだろう、と思われるかもしれません。
が、5に該当するような「既によく知られた読み方」であるものの、実は漢字の読みとしては正しくないものがあります。

たとえば、「磚茶」を「たんちゃ」(「磚」の字に「たん」という読みは無い)、「金萱」を「きんせん」(「萱」の字に「せん」という読みは無い)と読むなどです。
音読み優先の原則で考えれば、「せんちゃ」「きんけん」と読むのがそれぞれ正しいと思われます。
が、既刊の書籍などには堂々と上記のようにルビが振られていますし、あまりに誤用の読みが定着しすぎているので、これらをひっくり返すのは容易ではなさそうです。

3と4の条件は、人によって読み方を変えたくなる理由だったりもします。
たとえば、「梨山烏龍茶」。
現地読みに近い、音読み優先ということを考えると、「りさんウーロンちゃ」か「りざんウーロンちゃ」あたりが、妥当だと思われます。
が、同じ台湾の「阿里山烏龍茶(ありさんウーロンちゃ)」との混同を避けるという意味合いや字面を思い浮かべやすいという点から、敢えて「なしやまウーロンちゃ」と訓読みを主体にする読み方も一般的だったりします。

同じ台湾の高山烏龍茶でも、「杉林渓烏龍茶」は、現地の発音から転用して「サンリンシーウーロンちゃ」と読む方もいますが、音読みで「さんりんけいウーロンちゃ」と読む方も多く、さらに字面をイメージしやすいからか「すぎばやしけいウーロンちゃ」と訓読み主体で読む方もいます。

 

ネットが主流になるにつれ、読み方問題は大きくなる

先に挙げたように、それぞれの読み方には、それぞれの主張や心配りがあり、いずれも一概に誤りとは言えないのです。
そのあたりは日本語の柔軟性・・・と言うこともできるのですが、とはいえ、初めて学ぶ方や接する方にしてみれば、「どれか一つに決めて欲しい」と思うのも無理はありません。

特に最近は、分からないものがあればネットで調べる、というのが一般的な消費者行動になっています。
以前であれば、近くの店で音から入ることが多かったと思うのですが、現在では、まずは文字から入ることが多くなるため、なんと読むのかが分からないまま、その言葉に触れ続けるケースも出てきます。
そういう方が、実店舗へ行ったときや他の愛好家の方とお話しするときに、読み方問題に直面することになります。

さまざまなものの普及には、文字通り、「人口に膾炙する」ことが必要不可欠です。
「読み方が分からない」「どう読んで良いか分からない」ものが、流行るはずはありません。
なんと読むのか、を付記しておくということも、一つの顧客サービスになると思います。

できれば業界内で、普段使われる用語などを統一すべきだと思いますが、まとまった組織も存在しないため、これは現実的には難しそうです。
一般的に膾炙している用語を記載した書籍など、まとまったものの出版を待ち、個々の店や教室がそれをガイドラインとして、緩やかに収斂していくのを促すしか無さそうです。

 

年内の更新は本日で最終となります。
次回は年明け、1月16日の更新を予定しています。

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