第134回:「茶旅」の中国人観光客を日本に誘致できるか?佐賀で考えてみた

「茶旅」の観光客は、優良観光客

先週、佐賀に出かけてきました。
出かけた理由は、タイトルの通りです。

当ブログでも再三ご紹介していますが、中国では、お茶をテーマに旅をする「茶旅」が流行しています。
「茶旅」は「茶文化」を巡る旅ということもあり、単なる物見遊山の観光客というよりは、当地の歴史や文化をしっかり学び、考察ができるような「文化程度(中国語では”最終学歴”を意味することも)」の高い観光客が中心です。
必然的に、旅行や宿泊・買い物などへの消費支出額も高く、観光客のセグメントで考えても、かなりの優良顧客に属すると思われます。
彼らは、様々な魅力的な名茶の産地などに出かけ、当地の茶にまつわる歴史や文化を学びながら、自然に触れ、製茶の技術などを吟味します。
極めて知的で上質な旅を好む観光客。それが「茶旅」の観光客です。

この流行は決して中国だけでは無く、台湾などに行くと、産地でお茶好きの韓国人観光客と出くわすケースもあります。
彼らが茶産地で茶葉を爆買いしたり、茶器の街・鶯歌で大量の茶器を発注しているケースを何度も見かけています。
茶の文化に関心を持つ層は、どうも優良な観光客になり得るようです。

現在こそ、新型コロナウイルスの流行を受けて、インバウンドが完全に止まっている状況ですが、嵐の猛威はいつまでもは続きません。
いつかは再びインバウンドの受け入れが始まることでしょう。

その受け入れ体制を今のうちに作っておけるのであれば、早く動くに越したことはありません。
というよりも、観光需要が回復していない今だからこそ、様々なことを考え、試行錯誤する時間があるとも言えます。

いずれにしても、まずは現状を把握することが大切です。
そこで、観光もオフシーズンとなる、この時期に敢えて現地に出かけてみたわけです。

 

「九州の茶産地は、茶旅の誘致に最適」という仮説

日本全国には数多くの茶産地があります。
その中で、なぜ九州なのか?というと、これには明確な理由があります。
「中国人にとって、親しみやすい条件が揃っている」ということです。

中国で茶文化に関心を持つ方に会うと、日本の茶文化にも関心を持つ方は、かなりいます。
日本も独自の茶文化を有した国であるというリスペクトのようなものを感じることは割とあるのです。

しかし、同時に彼らは日本の茶文化は、我が国の茶文化とは随分、違ったものであるという印象を強くしています。
その理由を列挙すると、

1.茶道が堅苦しく感じられること
→彼らは美味しさのために茶を飲むという感覚が強いので、作法などが強要されそうに見える場は苦手(面子を重視する国民性も影響)

2.蒸し製のお茶が中心であり、それらが彼らの口に合わないこと
→残念ながら、日本の一般的な煎茶の味は彼らの口に合いません。青臭い、しょっぱいという感想がほとんど。

3.日本側が、日本茶が独自の文化であることを強調しがちであること
→独自性よりも、自国の茶文化との繋がりを感じたいはずです。しかし、そのような見せ方はほとんどされていません。

といったところにあります。

彼らも、日本の茶文化に関心はあるものの、上記のような点がハードルとなっており、日本のお茶についての感想をそれとなく聞くと、

「日本の茶道は堅苦しそうで・・・」
「青臭いお茶で口に合わない」
「(我々が伝えた文化のはずなのに)中国の茶文化を下に見ているように感じる」

というような、大変残念な印象しか持っていない方が多いのです。

ところが、1はともかくとして、九州の茶産地の中には、2,3の項目はクリアできる可能性があると考えています。

 

中国人が親しみを持ちやすいストーリーがある

まず、2については、一部の産地では、蒸し製のお茶だけではなく、釜炒り茶を生産しています。
釜炒り茶は、彼らが飲み慣れているお茶の風味に近いはずですから、蒸し製の煎茶や抹茶よりも親しみやすいはずです。
彼らは出汁のような強いうまみは苦手であり、むしろスッキリした香りの高いお茶を好みます。
自然豊かな環境で育てられた釜炒り茶などを飲めば、日本茶に対する印象がガラリと変わる可能性があります。

そして、3についてですが、九州の釜炒り茶の基礎技術は、大陸由来のものです。
特に嬉野などで生産されている釜炒り茶は、明の陶工が持ち込んだ技術がベースになっています。
はるか昔の同胞が持ち込んだお茶とその技術が、日本で根付き、今も茶業として続いているというストーリーは、彼らにとって大変魅力的です。

大谷翔平が活躍していると、多くの日本人はメジャーリーグを見るようになります。
これと同じ原理で、やはり自分たちの同胞が海外で活躍していたということを知らされるのは嬉しいものです。
自分たちの祖先が関わったお茶であると聞けば、距離を感じていた日本茶に対する親しみも沸くでしょう。

 

さらに佐賀県に関していえば、栄西が宋から茶を持ち帰って植えたとされる脊振山がありますし、嬉野には往時を偲ばせる歴史の生き証人・大茶樹もあります。
彼らが大事にする「歴史」的な裏付けも十分にあると思われます。

そして、近隣には世界的に名の通った有田焼や波佐見焼など、様々な陶磁器の産地もあります。
茶旅の観光客は、茶器も大好きなので、使い勝手の良い茶器や茶道具を見つけられる場所があるのは、大喜びでしょう。

宿泊地としては温泉もありますし、有明海や呼子のイカなどの海の幸や伊万里牛などのグルメも充実しています。
国際線の就航できる空港も、長崎、佐賀、福岡と揃っているので、いずれかの空港から出入りする「北九州茶旅ゴールデンルート」を敷くこともできるでしょう。
旅行のインフラ部分は揃っていると思われるので、あとはストーリーやソフト面での整備が進めば、大きな「茶旅」需要を取り込め、日本茶へのゲートウェイになり得る地域だと考えます。

以上は、あくまで仮説です。
今回、これを一部分に限られますが、検証してみました。

 

インフラは悪くないが、ソフト面の整備が必要。茶文化・歴史の軽視は問題

各地で多くのことを感じたのですが、ここでは掻い摘まんでご紹介します。

脊振山

今回は福岡から入りましたので、まず脊振山に向かってみました。
が、そこへ至るための坂本峠が路面崩落のため全面通行止めになっており、辿り着くことができませんでした。

ここ2年ほどぐらいに訪れた方の情報などを総合すると、随分と寂れた様子になっているようです。
歴史や文化を重視する彼らには、あまりに寂れた状況は好ましくないでしょう。
ある程度の再整備が必要かもしれません。

嬉野

嬉野は西九州新幹線も、まもなく開業を迎えることから、新規の旅館の開業も予定されるなど、茶旅観光の中心地になりうる地域です。
昔の団体旅行客向けの大型旅館では無く、品位の高い宿があることは、茶旅の観光客受け入れには必須条件になります。

2018年には、うれしの茶交流館チャオシルという新しい施設もできており、嬉野地区の茶文化・歴史をプレゼンする場としては、大変良い場所のようにも思われます。
しかしながら、展示の内容などは、少し化粧直しが必要かと感じます。
たとえば、中国との交流の部分などを、もう少し踏み込んで紹介する展示があると、彼らにとってより親しみが湧くと思われます。
一部、お茶の製法(特に中国茶の記載部分)の記述や英訳などには致命的な間違いもあるので、このあたりは専門家のアドバイスを受けるなどした方が良いでしょう。

うれしの茶交流館 チャオシル。茶旅の中核になり得る施設なので、是非存続して欲しい

とはいえ、一番の心配は、この施設の継続です。
この施設は合併特例債を利用して建設したものですが、あまり来場者が多くありません。
財政的には嬉野市が赤字を補填するという状況になっているため、支出を減らすために施設を廃止をすべきではないか、という声も挙がっているようです。
文化の軽視だと感じる反面、背に腹はかえられないのが、日本の自治体の財政事情です。
日本では数少ない、地元のお茶の歴史と文化を紹介する画期的な施設だと思いますので、当面の間は何とか国内のお茶の愛好家の支援で持ちこたえていただくしかありません。

そうして、どうにか生き延びてもらいながら、化粧直しをし、インバウンド需要の中心的受け皿になってもらいたいところです。
その際には、生産者と交流しながら茶葉の購入ができる施設も設けて欲しいところです。
たとえば、隣の東彼杵町にある道の駅では、生産者が交替で販売に出てきており、そのような試みは面白いと感じます。

釜炒り茶について

日本人の好みに合わせるという面からなのか、うまみがやや強すぎる傾向にありました。
私が飲んだものも、最初は低温で淹れるように勧められたこともあると思うのですが、うまみの強調されたお茶でした。
中国茶を飲み慣れていると、いささか塩気を感じるような味に感じ、美味しいとは感じにくいものです。
2煎目以降は湯冷ましせず、ポットのお湯を注ぎ、サラッと出したところ、やや好転しました。
中国の方は、肥料で作ったうまみに対しては評価が低い傾向があるので、有機や施肥量を少なくする農法を行う生産者の方のお茶などがあると、印象が良いかもしれません。
あるいは紅茶の方がウケるかもしれません。

 

いずれにしても、茶文化や歴史というものに、我が国の行政は、冷淡な傾向があります。
「茶旅」というのは、まさにその部分こそが観光資源になるというものであるので、ここへの投資をケチっては、誘致はできません。

海外からの観光客の受け入れは、文化の相互交流がベースにありますから、まずは相手を理解することが必要です。
本来であれば、中国の茶旅開発を行っている茶産地(たとえば、浙江省杭州市の梅家塢・龍井村や福建省武夷山市、四川省雅安市の蒙頂山等)を行政の担当者や地元の茶業関係者が視察したり、実際に体験してみることが必要かと思います。
この御時世で、それはなかなか難しい、ということであれば、まずは彼らが好んで飲むような、中国茶(特に中国緑茶)とはどのようなものなのか?を、飲むところから始めるべきかもしれません。

需要は間違いなくあると思われるので、その需要を取り込むための小さな変化を積み重ねていくことだろうと思います。

 

年内の更新は、今回で最後となります。
次回は1月16日の更新を予定しています。
どうぞよいお年をお迎えください。

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