曖昧模糊とした印象の中国茶の用語
古くからの中国茶のファンの方は、中国茶で用いられる言葉などは、大変揺らぎのあるものだと感じておられる方も多いでしょう。
確かに情報が少なかった時代や、まだ日本国内に持ち込まれていないお茶、用語などがあった場合は非常に困ったものです。
先行する事例などがなければ、導入した人の一存で、どのような用語を当てるか、解釈を行うかを余儀なくされます。
これが単独で独占的に導入したものであれば良いのですが、多くは中国や台湾等で流行したものを取り入れることになります。
そうなると、複数の方が同じ現象に直面することになり、各々の方が自分なりの解釈で用語を当てたり、導入元の方の解釈を聞くなどして、意味を当てていくことになります。
すると、同一の内容であったとしても、複数の解釈が日本国内には存在するということになります。
このような用語の意味が複数存在するという事象は、特に初学者泣かせです。
自分が一生懸命勉強して覚えた内容が、他の場所に行くと全く通用せず、場合によっては反対の意味になっていたりします。
「中国茶というのは、実に難しい・・・」と挫折する方が出てくるのも、よく理解できます。
多くの学問分野においては、用語の解釈が統一されていて、統一されているからこそ建設的な議論が可能ですし、積み上げて学ぶことも出来ます。
それが無いのですから、真面目に学ぼうとする人ほど挫折するのは無理もありません。
中国の「標準」化の進展で潮目は変わった
そのような状況にあったのですが、中国の方に目をやってみると、今は随分と明確化が進んでいるように感じます。
中国側の方で、さまざまな事柄の「標準」化(規格化の意)が進んでいるからです。
既に何度もお伝えしているように、名茶の定義については、「標準」という文書を用いて、最低限の定義がなされるようになっています。
製茶等の専門用語等についても、『茶葉加工用語』という標準が制定されて、用語の明確化が図られています。
2018年に改正された中国の『標準化法』という法律では、さまざまな事柄の「標準」化は権利というよりは、義務目標として定められています。
そのため、あらゆる産業分野で「標準」化が試みられています。
そのような流れから、お茶の中でもあまり「標準」化には、馴染まないのではないか?と考えられることの標準化も進んできました。
それが「茶藝(茶芸)」の標準化です。
※茶藝(茶芸)の藝(芸)の字は、以後、「茶藝」と表記します。(「芸」は、中国では「蕓(あぶらな)」の簡体字となり意味が異なるため)
地方から始まった茶藝の定義
茶藝の標準化に早くから乗り出したのは四川省です。
四川省では、長い口のあるヤカン(長嘴壺)を用いた独特の茶藝などがあります。
これをパフォーマンスする際の取り決め、標準ルールとして、以下のような標準を四川省文化庁などが2018年7月にリリースしています。
・四川蓋碗茶茶芸程式と技法
・四川蓋碗茶茶芸表演規範
・長嘴壺茶芸程式と技法
・長嘴壺茶芸表演規範
このほか、2020年に入ると、湖南省の農業農村庁などが『安化黒茶茶芸』の標準を公布し、さらに同年6月には安徽省の茶産業標準化技術委員会などが『祁門紅茶茶芸規範』を公布します。
これらの標準では、イベント等で茶藝をパフォーマンスする際の、茶器・道具などの規定や、使用すべき茶葉の量と抽出時間、服装や茶藝表演の流れなどが記載されています。
それぞれの地域の茶藝のブランドイメージの保護と品質の安定化を図る狙いがあると思われます。
「茶藝」という言葉の意味を定義した中国茶葉学会
中国では2018年に改正された『標準化法』により、中国政府に認定された社会団体が「団体標準」を制定することが推奨され、その法的位置づけが確立しました。
これを受けて、中国茶葉学会では、以下の4つの標準を2019年から相次いでリリースし、茶藝の世界における存在感を高めています。
・茶芸職業技能コンテスト技術規程
・小児茶芸等級評価規程
・潮州工夫茶芸技術規程
・中国茶芸水準評価規程
この中で特筆すべきことが書かれているのは、最初にリリースされた『茶芸職業技能コンテスト技術規程』T/CTSS 3-2019 です。
この文書自体は、茶藝コンテストの運用方法が書かれているのですが、その冒頭部分の”用語の定義”において、「茶藝」とは何か?という定義を行っています。
同文書に書かれている「茶藝」の定義は、以下の通りです。
3.1 茶艺(茶藝) tea ceremony
呈现泡茶、品茶过程美好意境、体现形式和精神相融合的综合技艺和学问
(拙訳)お茶を淹れ、味わう過程によって美しく素晴らしい境地を提示し、形式と精神が融合を体現する総合芸術と学問中国茶葉学会 団体標準『茶芸職業技能コンテスト技術規程』T/CTSS 3-2019より
「茶藝」とは何か?
上記の定義での訳は直訳に近いものですから、これをもう少し踏み込んで翻訳するならば、
茶藝とは「お茶を淹れて味わうという体験を伴う、空間の総合芸術であり学問」
ということになろうかと思います。
近年の中国の茶藝シーンを見ていても、茶藝というのは技術だけでは足りず、「茶空間」という言葉にも代表されるように、空間を演出する必要もあります。
また、そうした雰囲気や空間を演出するだけでは無く、その根底には深い茶の知識や茶文化に関する理解が必要であり、まさに学問的な素養も必要です。
一読して感じたのは、従来の「茶藝」の語感には、あまり感じられなかった要素が盛り込まれているように感じます。
個人的には、中国茶葉学会の行った、「茶藝」の定義は、現在の中国の茶藝シーンを見ていると、なかなかしっくりきます。
中国の茶藝のここ20年ほどの進化が感じられる、良い定義ではないかと感じました。
みなさんはこの定義、どうお感じになるでしょうか?
次回は3月1日の更新を予定しています。