中国茶の入門書・入門記事は数多くあるが・・・
中国茶を勉強し始めた頃から、ずっと疑問に感じていたことがあります。
それは、「何故、一番知りたいことの答えが出て来ないのか?」ということです。
中国茶の入門書はたくさん出版されていますし、初心者向けの中国茶の解説記事なども雑誌で多く特集されています。
中国茶に関心を持ち始めた頃は、知識や情報に飢えている状態ですので、中国茶関連の書籍や雑誌は片っ端から購入して読みました。
多くは初心者向けを強く意識されたもので、イラストや写真を多用して、できるだけ分かりやすく書かれています。
しかし、不思議なことに、それらをいくら読んでも、中国茶の淹れ方は理解できますが、「中国茶が分かる」ように一向にならないのです。
せいぜい、六大茶類を全て丸暗記し、「緑茶は不発酵茶で、白茶は弱発酵茶で・・・」と、暗唱できるようになる程度です。
いくつもの本を読んでいると、「ほぼ同じ内容ではないか」と感じることも多くなりました。
テンプレート化して章立てを作るならば、
・中国茶は種類が豊富であって
・(発酵程度によって)六大茶類というものに分かれており
・さまざまな名茶がある(として、名茶図鑑のようなものが載っている)
・簡単なお茶のいれ方を紹介し(蓋碗と茶壺、場合によってはグラス)
・お菓子や料理とのペアリングが紹介され
・お茶を楽しむ人のインタビュー記事があり
・巻末に茶器のカタログのような紹介とお店のリストが載っている
というのが大体の構成でしょうか。
装丁や写真の多さ、紹介されるお茶の種類やお店のカラーなど、若干の違いはありますが、内容は概ねこのようなものです。
困惑する差異も
いくつもの本に当たっていると、「どこかの本で見たものと同じだな」と感じるのですが、困惑する差異もあります。
たとえば、六大茶類の発酵程度のパーセンテージが本によって違ったりします。
白茶と黄茶の発酵程度が逆転していたり、紅茶よりも黒茶が発酵度が高いとされていたり、あるいは黒茶は別枠になっていたりします。
せっかく覚えた数字や発酵程度の順番が違っていると、「どの本が正解なの?」と迷ってしまいます。
また、台湾の高山烏龍茶を一つのお茶として紹介するものもあれば、阿里山烏龍茶、梨山烏龍茶のように産地ごとに紹介するものもあります。
別のお茶の扱いになるのであれば、それぞれの特徴などがもっと違っていても良いように感じますが、その差異はそこまで大きくないようにコメントされています。
「そんなに差が無いのなら、何故分けて表記するのだろうか?」と疑問に思うこともあるでしょう。
コーヒーやワインの書籍などでは、それぞれの専門家が違う角度から解説してくれるので、本を読めば読むほど立体的な理解が進むものですが、お茶はどうもそうなりません。
色々な本を読めば読むほど、「お茶の基本」としていることが違うように書かれている本が多く、基本が揺らいでいくように感じるのです。
これは実に不思議な現象です。
講座に参加しても・・・
「本がダメならば、講座に参加してみると違うのかもしれない」と考えます。
巷には入門講座と称する中国茶の講座がたくさんあります。
ところが多くの入門講座は、中国茶を淹れられるようになること、沢山のお茶の種類があることを紹介することをメインに置いているようです。
確かにこれは「入門」なのかもしれませんが、中国茶を嗜好品として学びたいと考えている向きにとっては、全く物足りないものです。
中国茶を嗜好品として学ぼうとするのであれば、
・なぜ、中国茶にはこのように沢山の風味のお茶があるのか?
・そのような風味を生み出している要因は何か?
・良いお茶とそうでないお茶は何が違うのか?
・産地が違うとお茶の味や香りが違うと言うが、それは何か原因なのか?
といった、「多彩な味や香りはどうして生まれているのか?品質の差はどこから生まれるのか?」という点が知りたいのです。
おそらく、これはワインなどの嗜好品を学んだ方なら、「そこが聞きたい!」と感じる内容のはずです。
しかし、こうしたニーズに応えてくれる講座というのは、ほぼ見かけないものでしたし、今も多くはありません。
現地の講座が最も役に立った
私自身の経験をお話しすると、「どこかにそういう講座はないか・・・」と考え、片っ端から講座を受け続けました。
あちこちのお店の講座に参加しましたし、ブログ等で書き込みを見かけるとそこに出かけることも良くありました。
※当時は中国茶に関心を持つ男性の受講者は少なく、私以外は全て女性だったケースも多数あります。
結果、ニーズに応えてくれるように感じたのは、中国や台湾の生産者や研究者の方が講師を務める講座。
あるいは、評茶員のような中国の専門講座でした。
特に高級評茶員の講座では、お茶の葉っぱの中で起こる製茶時の化学的な変化について、説明をしてくれる部分があります。
これは、まさに目から鱗が落ちるような内容だったので、お茶へのそれまでの疑問がかなり解消しました。
大変良い学びがあったと思うと同時に感じたのは、
「これを最初に教えてもらえていたら、こんなに回り道をしなくて済んだのに・・・」
という、何ともやるせない思いでした。
中国茶に関心を持ち、積極的に情報を集め始めてから、ここに辿り着くまでに、約5年。
その間、数多くのお茶・茶器を購入し、多くの講座などへも参加しています(評茶員講座に参加するまでには前提の知識や技術を習得する名目で、さまざまな下積みが必要だったのです)。
恐ろしいので、きちんと計算したことは無いですが、多分、大きめの新車が買えるぐらいの費用はかかっていると思います。
こういう苦労は、本来する必要が無いこと
「何かの知識を得るというのは、そういうものだ」というのが真理かもしれませんが、単なる趣味として考えるには、あまりにも犠牲が大きすぎます。
これでは、いくら中国茶が美味しいものだとしても、広まるわけがありません。
個人的に「自分もした苦労だから、あとから来る人も同じ苦労をせよ」というのは違うと考えています。
例えるならば、”峠越え”のような余計な苦労はせずに、”トンネル”でスッと通り抜け、さらに高みを目指していく。
本来、知識や学びというものは、そのようにして高度化していくものです。
後から来る人は楽に山を乗り越えられるようにしていかないと、いつまで経っても、進歩はありませんし、広がりません。
そこで、中国で高級評茶員の講座を受講し、帰国してから、色々と新しい動きを始めました。
日本国内の中国茶をとりまく環境をどのように変化させたら、もっと多くの人が中国茶に関心を持ってくれるか、と考えたのです。
まず、日本でぐるぐる回っている、どこかで聞いたことのあるような書籍の情報だけでは無く、中国の現地の活発な茶業の動きが入ってこなければなりません。
当時は、「どこの産地で、いつ茶摘みをしているのか」すら、良く分からない状態だったのです。
そこで、2010年にWebサイト「中国茶情報局」を立ち上げ、現地で報じられているお茶のニュースを日本語で届けるようにしました。
このサイトでは、中国茶学習者の支援ができるよう、中国茶のお店の情報や書籍の情報、さらには個人で発信するブログの情報なども一元的に見られるようにしました。
いわゆる、中国茶のポータルサイトです。
それまでの日本の中国茶情報は、既刊の書籍内容と一部のネットショップさんが発信する断片的な情報だけがグルグルと回っている状態でした。
ここに現地からの風を少し取り入れて、換気をしようとしたわけです。
お茶を嗜好品として楽しむ、最短ルートを作る
中国茶のポータルサイト構想は、ジャンルがニッチすぎて、とても収益化できるものではありませんでした。
しかし、休み休みながらも5~6年も運営すると、中国の茶業の状況というのが明確に見えるようになりました。
停滞が目立ちがちな日本や台湾の茶業とは違って、まさに急成長を遂げている、ということが分かってきたのです。
これは、一般的なイメージである「中国茶は昔から作られているので、特に変化が無いものだろう」というものとは真逆でした。
IT業界並みに、ドッグイヤーと呼ぶべきスピードで変化していっているのです。
ますます、日本でグルグル回っている中国茶の情報が時代遅れのように感じられました。
そこで、2016年に当社を設立し、構想を本格化させました。
目標は、中国茶のみならず、お茶を本来の意味での”嗜好品”として楽しめる環境作りを行うことです。
”嗜好品”というのは、勝手に成立するものでは無く、情報や知識の伝達という役割を果たす存在が必要不可欠だからです。
ワインも「今年の作況はこうであった」という情報や飲むための知識を整理してお伝えする人たちがいなければ、嗜好品としては成立していないはずです。
お茶も、その環境を作ることによって、日常茶飯の日用品から嗜好品として楽しむものに変化し、茶業はより付加価値の高い産業となります。
そのためには、まず茶の嗜好品としての可能性を広めなければなりません。
これを行うには、多彩な種類があり、日本人のお茶のイメージを覆すことのできる中国茶ほど、適したものはありません。
嗜好品として楽しむための知識の構築を考える上で、もっとも大事なことは「茶の基本」となる内容がブレないことです。
幸い、中国では、多くの大学に茶学部という学部が設けられるほどに、茶は学問として確立しています。
学問として確立しているということは、用語などは正確に定義されているはずなので、その内容に立脚すれば、日本国内の書籍のように「基本」がブレるということは無くなるはずです。
そこでまずは、中国のお茶に関する規格書である「標準」を紹介するという、今までの日本には無い切り口の講座「標準を読む」を全国で実施していきました。
「標準」には、現地の茶業における最低限度の常識が書かれていますから、最初にこの講座を行ったことは大きな意味のあることでした。
それを踏まえた上で、まさに「これを最初に教えて欲しかった」と感じる内容を詰め込んだ「中国茶基礎講座」のプログラムを作りはじめました。
この講座は、2019年に開講し、全国主要都市で開催していきました。
「基礎」と謳っていますが、お茶の種類と淹れ方を紹介するだけの講座ではありません。
”嗜好品としての「基礎」”を学ぶ講座として、ゼロベースから内容を考え、テキストを書き、説明の仕方を考えたものです。
ワインやコーヒーなどの他の嗜好飲料を学んだ方にも、納得できるレベルにしないといけませんから、教えるのが難しいと敬遠されてきた、お茶の科学(化学)的な内容についても踏み込んで解説しています。
嗜好品として知りたいのであれば、ここを理解いただく必要がどうしてもあるからです。
どちらかというと文科系の方が多い中で、科学的な内容をお伝えし、理解をしてもらうのは、説明上の困難が伴います。
新しい概念を伝えるというのは、パソコンに新しいソフトをインストールするようなものなので、講座の設計力と講師側の伝える力が問われます。
しかし、考えてみれば、分からないこと・理解しにくいことを分かりやすく解説することこそが、本来の意味での「入門」講座ですし、講師が必要な理由です。
本を読めば分かることや誰でもできることを伝えるのであれば、講師は要りません。
当初は対面でこそ出来るもの、として計画した講座でしたので、新型コロナウイルスの流行で一時ストップします。
しかし、翌年には、全国の方にどこでも学んでいただけるような学びの場として、Teamedia Online School を開校しました。
写真撮影でカメラを使うことはありましたが、動画の撮影や編集、ライブ配信などは未知の世界でしたが、短期間でどうにか今までに無い形の通信教育講座ができたかと思います。
これらはいわば中国茶を”嗜好品”として楽しむ上での、インフラのようなものだと考えています。
上手く活用いただければ、私自身が5年ぐらいかかって辿り着いた知識水準には、1年もあれば、十分に到達可能になっていると思います(お茶を飲んだ経験や淹れる技術などは、相応に時間がかかりますが)。
何も知らないところから、嗜好品としてある程度、中国茶を自由自在に楽しめるようになるまでの期間を一気に短縮する、高速道路のようなイメージです。
どのような趣味でも、ある程度の技術や知識を身につけるまでが、少し苦しいので、そこをスムーズに通り抜けてもらうのが狙いです。
難しいことを難しいままにしていたのは、講師の責任
2021年からは、できるだけ多くの方に、中国茶の「基本」と「楽しさ」を伝えられるよう YouTubeチャンネル を開設しています。
世界最大の動画プラットフォームに、誰でも無料で見られる動画を掲載することで、新しい中国茶の世界を広げて行くのが狙いです。
「基本」とは、ここまでの流れの通りであり、従来のいわゆる「基本」ではなく、”嗜好品としての「基本」”です。
(YouTubeの視聴習慣に合わせて大幅に省略しているものの)上級講座などに進まないと得られなかった情報を、誰でも無料で見られる形にしています。
しかし、そのような情報であるにも関わらず、おそらく視聴いただいている方は、そのような難しい内容だとは感じていないはずです。
科学的な内容や難しい概念であっても、情報をきちんと整理して伝えることができれば、十分に初心者や初学者でも理解ができるものなのです。
それでは今までの入門書や入門講座などは、一体何だったのでしょうか?
おそらく、その「入門」の意味は、書く側・教える側にとっての「入門」だったのではないかと感じています。
伝えやすいこと、教えやすいことを並べたという側面が強かったのではないかと思います。
本来、お茶の基本を伝えようとするのであれば、茶という植物の特性や品種の多彩さ、製法による成分の変化等のメカニズムをきちんと解説し、理解いただく必要があります。
これは容易なことではないですし、そもそも、そこまで突き詰めてお茶を学んだ経験のある方が著者や講師側でも少ないようにも思います。
それが、本を読んだり、講座に参加しても、どうも疑問が解消しないという一番の理由ではないかと感じます。
もちろん、お茶の世界は突き詰めて行けば本当に奥が深いので、私自身もまだまだ理解が足りない部分が多くあります。
より分かりやすく、正確にお伝えするためには、学ばねばならないことが、どんどん積み上がっていきます。
残念ながら、私は陸羽のように、全てを理解したかのように振る舞うことはどうも出来なさそうです。
次回は3月16日の更新を予定しています。