第140回:台湾の有機茶農家が摘発された件について思うこと

※写真は台東の茶園ですが、本報道の茶園とは関係ありません。

有機茶園の低価格茶葉に海外産茶葉が混入

先月のことになりますが、台湾の台東にある有機茶の生産者が、海外産茶葉を混入して販売した容疑で当局から摘発を受けました。
この茶農家は、台湾の農業界の栄誉である「神農奨(2011年の建国百年神農奨)」の受賞者でもあったため、マスコミなども大きく取り上げる事態となりました。

報道によると、この茶農家は2004年の茶葉の輸入開放による海外産の低価格茶の流入をきっかけに有機茶園に転換。
以後、15年間有機の茶農家として営業をしてきましたが、有機茶はコストが高く、販売価格はどうしても高くなります。
そのため、台湾の多くの消費者が求めるような低価格帯の茶葉を投入できず、顧客層が広がらないことが課題でした。
そこで、3年前に展示会で知り合った台湾中部の茶商から、低価格で良質だという触れ込みの茶葉を紹介され、これを仕入れて自社の低価格商品に採用していたようです。

しかし、今年の2月に当局に対して告発があったことから、覆面で商品を購入して検査を行ったところ、海外産茶葉(境外茶)であることが判明。
そこで3月10日に台東地検、台東県警、衛生福利部食品薬物管理署、台東県衛生局などが合同で家宅捜索を行い、海外産の混入が疑われる282斤(約169kg)の茶葉を押収したとのことです。

どこの段階で海外産の茶葉が混入したかなどは、今後さらに捜査を進めるとしています。

 

茶農家の対応

この件を受けて、当事者の茶農家は翌11日に取材に応じ、涙ながらに謝罪を行いました。
要旨としては、

・海外産の混入が疑われるのは、押収された茶葉と1斤700元以下の商品のみであること(自園の有機茶との混合は行っていないこと)。
・この商品については購入した方より倍額で買い取ることでお詫びしたい
・私たちも境外茶であると知らされていなかったが、逃げずに責任は私たちが取る

と述べ、台東産のお茶の名声を傷つけてしまったことへの謝罪も行いました。

 

この事件をどう見るか?

台湾では、安価な海外産のお茶(境外茶)の問題は、長らく問題となっています。
事情を知らなければ、「今回も悪徳な業者が消費者を騙したのか」というふうに取られるかもしれませんが、どうもそのような印象にはなっていないようです。

こういう事件が起これば、お店のGoogleレビューやFacebookなどが大荒れになるものですが、多少は心無いユーザー(ほぼ匿名か捨てアカウント)の投稿があるものの、逃げずに責任を取るとした茶農家の心意気を応援するコメントなどが多く見られます。
今回の茶農家の振る舞いは、過ちを素直に認め、出来る範囲で責任を取る姿勢を明確にした、誠意ある対応とみなされているようです。

また、茶業界の中でも、この茶農家だけをトカゲの尻尾切りにするのでは無く、もっと構造的な変革を求める声も挙がっています。

 

低価格茶の産地というレッテルと戦わざるを得ない茶農家の苦悩

そもそも、台東という産地は、従来の台湾茶の枠組みからすると、低海抜のローコストなお茶の産地という印象が拭えませんでした。
事実、その路線に一時期は舵を切り、成功を収めていた時代もありました。
しかし、台湾の茶業者がベトナムやタイなどへ進出し、よりローコストな台湾風烏龍茶を輸入し始めるようになると、大きな打撃を受けることになります。

一方で、1990年代からは西海岸とは異なる豊かな自然を活かした、有機農業などの産地として注目が集まり始めていました。
台湾の所得水準の向上や有機農業への関心の高まりなどから、有機茶農家として新規就業するケースも増えてきている地域でもあります。

茶業改良場の台東分場では、このような動きを後押しするために、新しいお茶の製法の開発を行いました。
有機農業では避けて通れないウンカの害を活用したり、他の地域には無い特徴のお茶を作るという観点から、蜜香緑茶や紅烏龍の製法を開発したのです。
蜜香緑茶の製法は後に、同じ東海岸の花蓮の茶農家の手によって、蜜香紅茶へと発展し、こちらは特色あるお茶として一定の成功を収めています。

このように台東という茶産地には好材料や他に無い魅力があるのですが、伝統的な茶産地や茶業者、消費者からすれば、「東部の茶産地は標高も低いし、(凍頂などと比較すると)製茶技術も未熟であるから、安くて当たり前である」となります。
この茶農家さんも例外では無く、有機という難しい商材を扱っているわけですから、旧世代の常識からアップデートされない既存の茶業者や消費者の壁に阻まれてきたのだろうと思います。
「なぜ、こんなに高いのか?」「台東ならばもっと安いだろう」というような声は、実際よく聞く話です。

そこで「消費者が手に取りやすい価格の商品で、とにかく自分の茶園を知ってもらいたい。繋がりを作りたい」いう目的で、他業者から安価なお茶を仕入れるという形で、安易な低価格商品を作ってしまったのだろうと思います。
茶葉の素性を明かさずに売り込んだ台湾中部の茶業者も問題ですが、産地の鑑定も出来なかったこの茶農家さんの分析力とテイスティング能力にも問題はあります。
ですので、やはりこの行為に及んだことは庇いきれないのですが、情状酌量の余地は大いにあると感じます。
このような事情を分かっているので、あまり厳しい声が台湾の事情を知る人の中からは聞こえてこないのだろうと思います(その事情が分からない人は表面的に捉えるのでしょう。ワイドショー的な構図です)。

 

新しい消費者の開拓を行わないと、こうなるという典型

今回の事件を見て思うことは、既存の流通、消費者の知識や情報をアップデートさせるような働きかけを業界側がしていかないと、いずれこのような結果になるということです。

先に述べたように、台東は一時期、低価格茶の産地として成功を収めました。
しかし、それは「台東のお茶」=「安いお茶」という印象を消費者に植え付けてしまったということでもあります。
一度ついたイメージをひっくり返すのは、販売促進やブランドの確立に膨大なコストと現代的なマーケティングの素養を持った人材が必要ですが、そうした投資は十分だったのか?と言われると甚だ疑問です。
というのは、現在の茶葉の価格がそのようなマーケティングコストを賄えるだけの金額ではないからです。
現状維持か衰退にしかならない程度の薄利であるため、そんなコストは掛けようがないのです(今回摘発された1斤700元では、台湾国内の原価も出ないでしょう)。

もう一つの方向性は、既存のネガティブな印象の顧客はもはや切り捨ててしまい、別の消費者、たとえば若年層などを獲得するという戦略です。
しかし、これもまたコストがかかる話です。全く飲茶習慣の無い消費者を、価値の分かる消費者に育てるというのは、並大抵のことではありません。

これらを「自産自銷(自分で製造して自分で売る)」あるいは「六次化(一次産業である農業+二次産業である工業+三次産業である商業・サービス業を複合化させたもの)」という旗印の下、茶農家が、生産だけではなくマーケティングや販売、あるいは知識や文化の伝達全てにおいて、プロフェッショナルな仕事を出来るかというと、それは無理な話です。
そうなれば、とりあえず看板に頼るために、ベルギーの食品コンテストに出して三ツ星をもらうとか、安易な方向に流れるしかありません。
が、現在の消費社会に慣れ親しんだ消費者は、そのような安易な手法では、一時のブームは作り出せても、継続的な成功には繋がりません。

もう少し茶業界全体のグランドデザインを業界や政府が、然るべきところで検討し、それを実現するために必要な予算(これは茶葉の価格に影響するでしょう)を確保すること。
その上で、それぞれのプロフェッショナルを招聘し、それぞれの得意分野に全力で取り組んでもらう。
そのようなことをしなければ、一度停滞した産業を復活させることは非常に難しいかと思います。

なお、これを実現しているのが、まさにお隣の中国の茶業です。
中国は最近になるまで、庶民からお茶を飲む習慣が失われていたのです。
そこから急激に茶業が急成長したのですが、その流れをみてみると、上記のようなグランドデザインと予算の確保(流通・販売のマージンが尋常では無く高いが、それらが販促費やブランド構築費に回っている)を中国政府が行っています。
社会主義の国だから出来る話かもしれませんが、我が国も、かつては”もっとも成功した社会主義”と言われていた国ですので、やりようによっては出来ないことはないように感じます。

 

次回は4月16日の更新を予定しています。

 

 

 

関連記事

  1. 第94回:パラダイム転換の時代に

  2. 第38回:FOODEX2018の雑感

  3. 第2回:「若者のお茶離れ」は本当か?

  4. 第116回:早めに幕を開けた2021年の新茶シーズン

  5. 第112回:統計の急変には必ず理由がある

  6. 第18回:台湾のドリンクスタンド事情

無料メルマガ登録(月1回配信)