「茶縁」が商標登録された
中国茶界隈で、とりわけ良く使われる言葉に「茶縁」という言葉があります。
おそらく元来は中国語だと思われますが、「お茶が取り持つ縁」「お茶の縁」ぐらいの意味合いの言葉です。
お茶が人と人との間を取り持つ、という印象を与えるとても良い言葉です。
そして、今や決して中国茶だけの言葉ではなく、紅茶や日本茶の世界でも用いられるようになっている言葉です。
一部の茶業界においては定着化した、一般用語に近い言葉であると考えられていました。
ところが、昨年の12月に「茶縁」が一部の役務に関して商標登録されていることが、最近分かりました。
発見は偶然のことで、権利者の方のWebサイトを見たところ、”「茶縁」は(同団体の)登録商標です”という一文が目に入りました。
まさかと思い、検索をしてみた結果は以下の通りでした。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/TR/JP-2021-013937/F8BFC1074B5E89B4C53426138DCCF90B58EBA2ED214101D651D8F6E736960A09/40/ja
※独立行政法人工業所有権情報・研修館の特許情報プラットフォーム J-PlatPatの検索結果へのリンク
この件を個人のTwitterでツイートしたところ、中国茶ファン・関係者のみならず、日本茶、紅茶の世界の方からも大きな反響がありました。
「茶縁」という言葉は登録商標になってしまったらしいですね・・・。イベントやらなんやらの時にちょっと気をつけないと。 https://t.co/YiJa0TSngx
— あるきち (@arukichi) June 11, 2022
「茶縁」は茶の愛好者や茶業関係者によって使用されていることも多い言葉ですし、店舗名やイベント名などにも使用された実績のある言葉です。
そのようなことから、茶業界の常識から考えると商標登録がまず通らない言葉だと思っていました(一般的な用語であるという認識)。
しかし、特許庁はどうやらこの言葉は商標として問題ないと考えた模様です(確かに”辞書”に載っているような言葉ではありません)。
今日はこの件について、権利者の方ともお話をしておりますので、経緯について少し詳しく記述し、残しておこうと思います。
登録意図が見えないことで高まる不安
茶業界に浸透している用語の商標登録ですから、本来なら取得者の方から、何らかのアナウンスがあるのが当然だと考えました。
茶業界に所属している方で「茶縁」という言葉を団体名に関するくらいですから、この言葉の持つ意味や茶業界で共有されてきた歴史は、当然ご存知のはずです。
この言葉で商標登録を行ったりすれば、業界関係者や愛好家から反発が起こるのは、常識的に考えると想定されうることでしょう。
「そのようなリスクを鑑みて、敢えて登録したのだから、何らかの意図があるのでは?」と感じるのが当然の反応かと思います。
が、公式Webサイト等を見ても、商標を取得しているという一文が書かれているのみです。
同時に申請したとおぼしき、自団体の資格の商標登録については、SNS等で大々的に発表しているのとは対照的です。(参考)
意図が見えない行動は、周囲を不安に陥れます。
しかも、この話題が出たタイミングは、件の「ゆっくり茶番劇」問題が話題になって、要約落ち着こうとしていた時期です。(参考:NHK Newsのまとめ)
これは第三者が使用料徴収のために商標を取得するという、今回の問題とは全く異質の問題でしたが、商標登録というものへの関心が高まっていたタイミングでした。
そのようなこともあって、今回の「茶縁」の商標登録に対し、情報があまりにも少ないことから、ネット上では疑心暗鬼の声が多数上がっていました。
そこから波及する形で、実際の愛好家の間でも、話題になっていたようです。
実際に「茶縁」という言葉を利用して活動している方の中には、取得者の方へ問い合わせされた方もいたようです。
しかし、その回答は定型的な内容で、どうも要領を得ないと感じられたようです。
※同様の問い合わせが数件あったようですが、ほぼ同じ回答のようでした。
さらに1週間ほどすると、取得団体の理事長氏が管理人を務めている Facebookグループ 上に、グループへの参加者から疑問の声が投稿されました。
反応は決して好ましいものばかりではなく、やや不穏な空気が流れました。
そこで初めて公式な見解が、同Facebookグループの管理人(取得団体の理事長氏)により、このグループ上に以下の通り示されました(2022年6月17日の投稿)。
https://www.facebook.com/groups/1576424839300388/permalink/3308555122754009
その回答を要約すれば、
・今回の商標登録は「茶縁」を法人名として利用しているため、悪意のある他者の干渉から守るため。
・権利料を得たり、使用を禁止することが目的ではない。
・しかし、その使用によって企業価値が損なわれると判断した場合は使用の禁止を求めることもありえる。
・登録以前から「茶縁」を使用している方については、使用禁止を求めていないし、今後も求めるつもりはない。
・心配な場合は、直接事務局に問い合わせをいただきたい。問い合わせは、書面をもって対応している。
・現時点で問い合わせをいただいた中で、使用を禁止したり、使用料を徴収している事例はない。
・同グループの管理人である理事長個人が申請したものではなく、法人が申請したものであるから以後は法人に問い合わせて欲しい。
というものです。
この是非については、後に考えるとして、そもそも「茶縁」という言葉は、日本でどのように広まっていったのでしょうか?
「茶縁」という言葉は、日本でどう広まったのか?
言葉の起源や普及の経緯を子細に調べるとなれば、一大事業になってしまいますので、簡単にGoogleの検索エンジンで期間を指定した結果で調べてみます。
とは言っても、日本のWebの世界に様々な情報が載るようになったのは、1995年のWindows 95の発売以降のことです。
さらに、一般企業や個人がWebで情報発信を積極的に行うようになったのは、2005年あたりからのブログブームが来てからのことです。
正確なことが言えるのは、それ以降の話となるかもしれませんが、ある程度の参考にはなるかと思います(既に削除されているページについては追跡できませんが・・・)。
試しに1999年12月31日迄の期間指定を付けて、「茶縁」と検索をしてみたところ、明示的に「茶縁」という言葉で検索にかかることはありませんでした。
伝統的な日本語であれば、用法が見られるはずですが、どうやら日本語由来では無いように思われます。
※「ちゃっきり節」には「茶山 茶どころ 茶は縁どころ」という歌詞があり、茶と縁という言葉の親和性を感じる用法を見ることができますが、残念ながら「茶縁」という熟語にはなっていません。
時代を1年ずつずらしていくと、2000年では特に引っかかりませんが、2001年末までの指定をすると、栃木県宇都宮市の中国茶専門店・茶縁さんの記述がヒットします。
既に別の記事でもご紹介していますが、日本では2000年前後に中国茶ブームが起こり、ここで中国茶の世界が一般化したという経緯があります。
きっかけとなったのは、東京では1996年の華泰茶荘の開業、1997年の遊茶の開業が大きいかと思われますが、この時期に「茶縁」という言葉が、中国語から導入されたと考えられます。
日本での中国茶のブームを牽引したのは、煎を何煎も重ねることのできる烏龍茶が中心でしたから、淹れ手と飲み手の間で一定の時間と空間を共有し、言葉を交わしていく必要がありました。
そのようなことから人と人との関係性が生まれやすく、このことを「茶縁」という端的な言葉で表現するというのは、確かにしっくりくるように思います。
実際、2001年に華泰茶荘系の協会として設立された、日本中国茶文化協会(現在のNPO法人中国茶文化協会の前身)の会報は、当時から「茶縁」であり、現在も同じ名称で発刊され続けています。
ここでヒットした宇都宮の「茶縁」さんも、古くからの中国茶専門店として、まさにこのブームの一翼を担ったお店です。
こちらのオーナーさんは、上海出身の方ですので、ごく自然な形で、中国語の「茶縁」という言葉を店名にしたと思われます。
2005年末まで範囲を広げていくと、大阪・堂島の紅茶専門店MUSICA TEAさんに関する記述が出てきます。
調べてみると、同店のオーナーの堀江敏樹氏が、1996年に発行された著書『紅茶で遊ぶ観る考える』の中で、造語として「茶縁」という言葉を使用していたようで、MUSICAさんと関わりのある紅茶の方の間でも、この言葉が広がっていたのかもしれません。
偶然かどうかは良く分かりませんが、中国茶の世界と紅茶の世界で「茶縁」という言葉が用いられ始めていたというのは、興味深いことです。
2007年には岡山市で「茶縁」という中国茶教室・店舗が開かれていることがブログ記事で分かります。
2008年末まで広げると、上海ナビの「奉茶」というお店の記事がヒットします。
これによると、以前、このオーナーが開いていた店は「茶縁小築」という店だったことや、日本人向けに茶芸教室を開いていたことが記載されています。
茶縁という言葉がやはり中国のお茶界隈では一般的な言葉だったということを物語っていますし、当時、上海に在住していた日本人の間でも認知されていたお店・言葉だったと思われます。
※今回の申請団体の理事長氏は、この「茶縁小築」で茶芸を学んだ旨が、冒頭の挨拶に記載されています(「茶園小築」と誤記されていますが)。
2009年には、名古屋市・東区に「日本茶喫茶 茶縁」さんがオープンしたことが分かります。
日本茶の世界でも「茶縁」という言葉を明確に意図を持って使用する事業者が出てきたということです。
なお、同事業者の方は2016年に「車道茶縁」で商標登録申請を行い、2017年に無事登録されています。(J-PlatPat)
ここで敢えて、「茶縁」で登録をされなかったのは既に宇都宮に先行事業者の方がいらっしゃることや、普及状況などを踏まえてのことなのかもしれません。
以降は、中国茶関係者の間での「茶縁」の使用が多く見られるようになります。
2010年に出版された宝迫典子氏の著書『茶仏 お茶と寺廟のある風景』の出版を記念した写真展のインタビューでも「茶縁」の普及について回答しています。
また、2010年にNPO法人として登記された、中国茶文化協会の設立趣旨書には「茶縁」の普及ということが目的として謳われています。
2013年には、東京・世田谷に中国茶教室を中心とする「中国茶サロン茶縁」さんが開業したほか、2015年には北海道・札幌市で中国茶だけでなく日本茶、紅茶なども含めたお茶のイベント「北の茶縁日和」がスタートしています。
日本茶関連でも、滋賀県の「政所茶縁の会」の設立や「茶縁の会」のような会を設立する方もおられますし、静岡県川根本町のように地元の茶農家を開放して行う喫茶事業である「川根茶縁喫茶」という取り組みをしている地域もあります。
紅茶の世界でも「茶縁」という言葉を冠したイベントやグループも生まれています。
このように見ていくと、お茶の業界に触れている方であれば、「茶縁」という言葉はよく見かける言葉です。
日本茶や中国茶、紅茶といった既存の枠を飛び出し、茶業界での一般的な用語であり、共有財産になっているかのように感じるはずです。
私自身もそのような認識でおりました。
しかし、今回の商標登録に関連した人々や、特許庁の見方や弁理士の見方はそうでは無かったようです。
商標登録の真意を問う質問を送付
話を元に戻しまして、Facebookグループ上に投稿された、公式見解とおぼしき内容については、大いに疑問点の残るものでした。
具体的には以下のような疑問です。
・目的が企業価値を守るためであれば、法人名で商標登録を申請すれば十分なはずである。そこで敢えて、法人名から一部切り出し、茶業界の一般用語として普及している「茶縁」を使用した理由は何か?
・茶縁という言葉は、お茶の普及に携わった人たちが大事に育ててきた言葉であるが、その認識があった上での商標登録なのか?
・企業価値を損ねると判断した場合に使用の禁止を求めるとしているが、その判断基準は明示されておらず、一団体が恣意的に決めることができる状態にあるが、これは適切なのか?
・「登録以前から」使用をしている場合には、禁止を求めないとある。これは裏を返せば、今後「茶縁」の使用を意図する場合は書面での問い合わせが必要と読めるが、本当にそのような運用なのか?
・そもそも、なぜ問い合わせが相次いでいるのに、団体の公式Webサイトで、商標登録の意図や使用する場合の条件などが開示されていないのか?
実際にこの言葉を運用しようと思うと、必ず突き当たる問題かと思います。
書面等では非常に回答するのが難しい内容だと感じましたので、今回は店舗紹介も兼ね、本件に関して現地に赴いて取材したい旨の依頼を、同団体のWebフォームより問い合わせを行いました。
これについては、翌日に先方の事務局長様より返答いただきました。
そのご返信によると、店舗の方針で取材は承っていないとのことであり、商標登録の件についての回答も、ほぼFacebookグループに掲載されたものとほぼ同じ内容でありました。
回答の内容を見る限り、どうも周囲のお茶愛好家や関係者の心配・不安と当事者の認識に大きなズレがあるように感じました。
今回の取得者の方は、旧知の方であり、先日の吉田山大茶会でもご挨拶をしたぐらいでしたから、ここは、きちんと状況について認識いただき、誠実な回答をしていただく必要があると考えました。
そこで、6月23日の朝、上記の疑問点と当方が認識している日本国内での「茶縁」という言葉の普及経緯(ほぼ前段で記載したものと同じ)を長々と記載したメールを送り、質問いたしました。
すると、その日の午後には、公式Webサイトに初めて「茶縁」の商標登録についての記述が掲載されました。
https://www.haocha-kobo.com/news/index.html#273
要約をすると、
・登録の意図は、自団体の資格を申請する際に、悪意ある他者から攻撃(使用料請求等)もありうるので、認定する法人も保護されるよう「茶縁」の登録を勧められたことから。
・目的は企業防衛、リスク管理のためであり、使用料の請求や使用の禁止等誰かに制限をかけるためではない。
・上記の通りの目的のため、私用、商用問わず、これまで通りに使用いただきたい。
・使用許諾を得る必要はない。
・悪意ある攻撃(暴力的なことや性的なことと結び付けて価値を貶める等)があった場合は使用の禁止を求めることもあり得る。
と、「茶縁」という言葉の使用に関しての自由度を高く設定するとともに、使用料請求を否定しています。
さらに使用許諾を得る必要がないことや、使用禁止を求める場合の基準(暴力的なことや性的なこと等)も、やや明確になりました。
これによって、「茶縁」の名の付くイベントや講演等を開催したりするなどの際の、実使用上の問題点は、だいぶクリアになりました。
しかし、どうにも腑に落ちない点は、依然として残ります。
・なぜ、団体名ではなく、議論を巻き起こしてしまいそうな「茶縁」での登録にしたのか?
・そもそも、その登録を行う際に反発が起こることを覚悟していなかったのか?
ということです。
そう考えていたところ、翌日、先方の理事長様よりメールでの返信をいただきました。
以下、その返信の内容について、極力原文を尊重した上で、転載いたします。
回答をご覧いただき、どのように判断いただくかは、お読みいただいているみなさんに委ねたいと思います。
※「多くの方に当方の意図を届けていただきたい」という先方の依頼を受けた上での、転載となります。
先方からの回答
現状の受け止めについて
Twitterでざわついているという問い合わせを受け、またFacebookグループで「茶縁」の屋号を変更しようとする方(※1)がいると聞いて、非常に驚いています。
事務局より回答させていただきました通り、皆様に「茶縁」の使用を禁止するという目的では全くなかったため、このような騒ぎになるとは思ってもおりませんでした。
商標を登録した場合、「権利を有する者が、使用の禁止や使用料の請求を求める警告書をお送りして初めて商標が登録されたとか、使用できなくなったとかを、すでにその言葉を屋号やイベント名でお使いの皆様が認識されるものである」と特許事務所の先生より伺っていました。
そのため、一切そのようなアクションを起こさなければ、皆様にご迷惑をおかけすることもないと思っておりました。
異議申し立てというのは、警告文を受け取って、それに対してなされるものであるため、取得した旨は会員にのみお知らせしたことと、Webに商標を取得している旨を(一文)書いただけとしました(※2)。
その際にも、特許事務所の先生とも相談をしまして、こちらが使用に制限を持たせていない限り、問い合わせが来た時点で、このように、各々でその都度対応していくものであると認識しておりましたので、今回の件に関しては本当に驚いております。
※1 今回の一件で、「茶縁」の屋号を変更しようとする方が出てきた。
※2 「商標を取得しただけで、警告書などを送らなければ、特に混乱はしないだろうと考えていた」という見解のよう。
先行使用者の調査が甘かったのではないか?という指摘について
ご指摘の通り、(理事長氏が)中国で学び、独自に活動を行っていますので、国内の状況に理解が足りなかったかもしれません。
特に中国茶文化協会の会報誌や教室をされていた方については存じ上げず、不快な思いをさせてしまった皆様に対し、大変申し訳ございません。
「茶縁」を登録申請した経緯について
今回のように、皆様が、使用できなくなった(本当はなっていませんが)と思われたときにお困りだと感じられたように私共も、法人名が使えなくなったり、費用が発生するようになることは防がなくてはいけないと思ってのことです。
また、「茶縁」を掲げたイベント等を数多くおこなっておりましたので、そこの部分も保護するためには 「茶縁」の方が良いのではないか?というアドバイスを(特許事務所より)いただいたわけです。
※中国茶プランナー資格の商標を取得する際に法人名にかかる商標を同時に取得するよう、特許事務所より勧められた。
いずれにしましても、この度はご不快な思いをさせてしまったことは事実であり、お詫びを申し上げます。
”茶縁”への思いについて
私も、1998年に中国に渡りお茶に出合い、2002年に帰国してから20年間お茶にかかわってきております。 皆様同様に、お茶を愛し、茶縁を広めたいと思って活動してまいりました。
その気持ちに嘘も偽りもなく、今回の登録に関しましても、自分だけが良ければというような後ろめたい思いや、やましい思いは全くございません。(それであれば取得後すぐに警告文を各所にお送りしています)
それでも、色々と思う方もおありかもしれませんし、何もしなかったという見方もおありかもしれませんが何もしないことが、制限をかけずに、今まで通りお使いいただけるためであったと思っていただき、お許しいただけないでしょうか?
「茶縁」を向こう10年間お茶愛好家のみなさまに安心してお使いいただける様に茶縁協会が商標登録をしたとご理解いただけましたら幸いでございます。
遅ればせながら、公式ホームページにて、今回のお問い合わせ内容について事務局より公開させていただきました。
商標法としては、何ら問題の無い事案だが・・・
回答を読む限り、商標法上の問題は、特にありません。
日本は、先願主義を採用しているため、(形式的な不備等が無く、ある程度の使用実態が見込めれば)先に申請した方が商標を取得できるというのが原則です。
今回は特許庁が商標登録が妥当であるという判断をしているから、商標登録が完了しているので、法的には何ら問題がありません。
むしろ、使用に関しては、大幅な譲歩をされているという認識の方が当たっていると思われます(使用許諾を求めない点など)。
商標について不服がある場合は、異議申立期間があり、この期間中の申し出があれば取り消される可能性もあるのですが、これは登録日より2ヶ月間に限られます。
残念ながら、今回の登録日は2021年12月と、既に異議申立期間の2ヶ月を過ぎています。もはや、部外者は何もできない状況になっています。
実際の使用については、6月23日付けで事務局より公開された内容(私用・商用を問わず利用可能、使用料は徴収しない、許諾不要、記載の悪質行為がなければ使用禁止を求めない)があるので、通常の使用(お茶会やイベント等に名前を使う等)であれば、特に問題が生じることはないでしょう。
もし仮に、今回、「茶縁」の商標が別のより悪質な業者の手に渡り、使用料請求などを仕掛けられていたら・・・と考えると、このような線で落ち着いたのは、結論としては悪くはないのかもしれません。
しかしながら、心情的に納得しがたい、という感情は、やはり多くの方に残っているようです。
Twitterやその音声チャット・スペースなどでご意見を伺ったところ、
「使用しても問題ないということは、頭では理解したが、どうも心情的に使用する気になれない」
「茶縁という言葉を使おうとすると、どうしても今回の一件が頭をよぎってしまい、避けたくなる」
という声が多いようです。
これは、よく理解できます。
茶業界で記憶に新しいのは、株式会社伊藤園が2017年に登録した「大茶会」という商標をめぐる騒動です。
https://news.yahoo.co.jp/articles/f9207c647c49748bf7a7851058edd2cb36480a73
これは「大茶会」という極めて一般的と考えられている言葉が、商標として登録されてしまった、というものです。
こちらも、商標法上はやはり何ら問題の無かったはずの事案だったのですが、茶業界の反発はかなり大きなものとなりました。
茶業界の方の中には、この騒ぎを記憶されている方も多いと思うのですが、この顛末まではあまり知られていないようです。
その後、異議申立があり、双方が主張をぶつけ合って議論した結果、2018年8月に商標の取消が決定しています。
https://shohyo.shinketsu.jp/originaltext/tm/1344097.html
この件は、取消になっていますので、無事に落ち着いたと言えます。
が、その取消という結論を導き出すための反論材料を揃える手間や係争のコストを考えると、双方にとって実に割に合わない問題だったかもしれません。
しかし、商標の問題は、いわゆる知的財産権の問題であり、財産処分の問題(商標登録には相応の費用が発生しています)もあるので、なかなか難しい問題でもあります。
今後はどうなるか?
今後、「茶縁」という言葉は、既に商標を使用している方が無効審判を起こすか、商標権者が放棄するかしない限り、登録商標としての扱いをされることになります。
実使用上は問題がありませんが、やはり商標登録の言葉である、ということから使用を避ける方も出てくるかもしれません。
個人的には、この点が今回の一件でもっとも残念に感じる点です。
商標登録というのは、言葉をコントロール下に置くものですが、自由闊達さはどうしても失われます。
せっかく、好ましいイメージで普及してきた言葉でしたが、これで大きくブレーキがかかることは否めないでしょう。
しかし、実際問題として起こってしまったことですし、これは受け入れて前に進むしかないのかもしれません。
それよりも、ここで考えなければいけないのは、同じような商標問題が今後も発生する可能性はあるということです。
今回はまだ同業者ですから、悪質な利用は無さそうに思えますが、今後、先日の「ゆっくり茶番劇」のような、使用料を請求するような悪質なケースが出てくる可能性も否定できません。
これを防ぐには、やはり防衛的措置として、商標を押さえるというコストも事業計画に織り込んでおくべきかと思われます。
日本は全般的に知的財産権の保護について、欧米などと比べると意識がさほど高くないというのが実情です。
今回の一件を契機に、もう一度、使用している商標などを調べてみるのが良いかもしれません。
商標の調査は、先に挙げたJ-PlatPatを使えば、無料ですぐに実施できるので、一度、検索してみることをお薦めします。
申請などの際には、弁理士などの専門家の助けを得ることも必要かもしれません。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
次回は7月16日の更新を予定しています。