台湾の高山烏龍茶を扱う店が減少?
これまで台湾のお茶に関しては、現地で購入することが多く、あまり探すのに苦労をしたことはありませんでした。
コロナ禍以降で渡航が難しくなっても、講座用の決まったお茶に関しては、品質等をよく熟知している方から分けていただくことが多く、これもまた苦労をしませんでした。
しかし、今回、別の種類の講座を実施するため、より幅広いサンプルが必要となり、日本国内の楽天市場などのオンラインショップや中国茶専門店の品揃えを見ていくと、あることに気づきました。
思いのほか、高山烏龍茶の品揃えが少なかったり、そもそも高山烏龍茶の扱いが無いお店も出てきています。
「高山烏龍茶」といえば、現代の台湾茶ではエース格のはずですから、これは非常に寂しい状況です。
※反面、凍頂烏龍茶は日本での知名度のためか、どこでも扱いがあります。しかし多くは清香タイプで、焙煎を施したものは多くありません。
そして、数少ない取り扱い店(特に面識の無いお店)から、実際に取り寄せて飲んでみると、品質的に首を傾げてしまうものもありました。
価格は決して安くないのですが、少なくとも初心者の方が飲んで「美味しい!」と感じられるレベルでは無いのです。
せいぜい、「まあ、普通に飲みやすい」「爽やかですね」といった感想が出る程度のレベルです。
安くない金額を支払って得られる感想がこれでは・・・と感じます。
そもそも、台湾烏龍茶のエースが不在か、いたとしてもキレ味に乏しいというのは、由々しき事態かと思います。
おそらく直接的には「コロナ禍の影響で、仕入れがままならない」ということだと思うのですが、どうもそれだけでは無さそうです。
実は台湾の現地でも、数年前から一般的な高山烏龍茶の品質レベルが全体的に低下していたのを感じていました。
普段は馴染みのお店で購入するのですが、新規開拓をして別のお店に行ってみると、ことごとく品質的に満足の行くものが無いのです。
「新規顧客には、そこそこのものしか出さない」というセオリーも確かにあるのですが、それにしても酷すぎるというお茶が出てきていたのです。
今回は、この理由について少し考えてみます。
台湾烏龍茶の価格には「相場」がある
まず、最初に押さえておきたいのは、台湾の烏龍茶には、産地ごとに市場での「相場」が存在しているということです。
名間郷産の四季春茶であれば、1斤(600g)
鹿谷郷産の凍頂烏龍茶(青心烏龍種)であれば、1斤(600g)××元~○○元
阿里山産の高山烏龍茶(青心烏龍種)であれば、1斤(600g)△△元~□□元
といった暗黙の了解のような価格帯があります。
コンテスト茶などを除く、ほとんどのお茶の価格は、これで大まかに決まります。
もっとも、これは一般小売店での価格で、
・台北の店やチェーン店、観光客向けのサービスの行き届いた店だと1~2割高い。
・試飲などのサービスが無く、大量購入を前提とする問屋などに行くと1割か2割安い。
・農家などに行ってまとめて買うと、もう少し安い。
といったように、販売管理費がどのくらいかかるかによって、多少の差異は生じます。
しかし、「相場の半値以下」というような極端な価格が付くことは、基本的にはあまりありません。
もし、極端な値段がついているとすれば、それは「産地偽装」「シーズン違い」「在庫処分」「境外茶(海外産の台湾風烏龍茶)のブレンド」等の”曰く付き”であることが殆どです。
ある程度、お茶に関しての経験値があると、このくらいは分かるようになるものです。
台湾の賃金水準は上昇したが、茶葉の相場は・・・
さて、台湾は経済的にも成長していますし、人々の賃金も上昇しています。
分かりやすいもので最低賃金を挙げると、2023年1月1日から月給ベースで2万6400元(約12万円)、時給ベースだと176元(約800円)となっています。
日本の地域別最低賃金の全国平均は、時給で961円ですから、もはや台湾との差はわずかになっています。
茶葉の生産、特に手摘みのお茶などは、人件費のカタマリのようなコスト構造になります。
賃金が上がっているということは、茶葉の原価が上がっているということですから、茶葉の相場もそれに合わせて上がるはずですが・・・
台湾のお茶屋さんに行くようになり始めてから、かれこれ20年近くになりますが、茶葉相場の価格は2~3割くらい高くなった程度に抑えられています。
これは冷静に考えてみると、かなりおかしなことです。
たとえば台湾の2017年の最低賃金は月給ベースで約2万1千元、時給ベースだと133元です。
先に示した2023年の最低賃金と比較すると、わずか6年程度でも約1.3倍に人件費は上昇しているのです。
それ以前から比較すると、当然倍以上になっていてしかるべきだと思うのですが・・・
茶葉の価格が抑えられ続けられる理由は、複数の理由がありますが「市場に安い茶葉が出回っているから」というのは、大きな理由の一つでしょう。
台湾のオンラインストアや露店などでは、1斤1000元以下の台湾産手摘み高山烏龍茶と称する茶葉を販売していたりします。
茶葉を育てる肥料代や茶摘み人の人件費、工場での生産費用などを考えたら、そんな価格は成立するはずは無いのですが・・・
しかし、こういう低価格すぎる茶葉が悲しいことに、売れ筋商品になってしまうものなのです。
消費者側でも「本物ではないかもしれない。しかし、味はそこまで悪くないから十分だ」という判断をしてしまうためです。
このような原価を下回る商品が売れ筋になると、当然、生産者や中間流通事業者である問屋に対しては、値下げ圧力が強まります。
特にスーパーマーケットなどの販売力を持つ小売業者は、基本的に消費者の方を向いています(というよりも置いておけば売れる値頃感のある商品を欲している)から、より安いお茶を要求します。
そうなると、流通側では、お茶の定義が曖昧なことを良いことに拡大解釈(産地や品種の限定を取り払う)してコストの低減を図りますし、生産者側もできるだけ製茶コストを削減できるよう、製茶工程を省いたり、過度な機械化を行います。
企業努力でどうにかなるコストの限界を超えていますから、品質の低下は避けられません。
このようにして、この20年ほど、台湾のお茶は後ろ向きなコスト対応を余儀なくされてきた、というのが、全体の事情です。
マスマーケットに向かって販売している”量産前提”のお茶の平均的な品質は、確実に低下してしまっているのです。
これが、適当にそのあたりの店に入ったところで、「美味しいお茶が無い」と感じる理由です。
美味しいお茶はある。しかし、それは稀少になり偏在化した
このようなことを書きますと、
「いや、いつも買っている店のお茶は変わらず美味いぞ」
「それは悲観しすぎなのでは?」
という声もあると思います。
これは全くその通りで、以前と変わらぬ美味しいお茶も、きちんと存在しています。
しかし、その量は限りなく少なくなってきていますし、生産者側も限られた良質な茶葉を適切な価格で販売出来るように工夫しています。
その範囲内で見ている限りは、台湾茶の苦境はあまり見えてこないのです。
生産者側が適切な価格で販売できるようにする工夫の方向性としては、主に
・製造直販
・ブランド化
・販路の限定
・価格の適切な値上げ
という4つに集約されます。
まず、製造直販ですが、台湾でも農家が自分で店舗を構えることは、だいぶ前から一般的になっています。
しかし、ここのところ、変わったと感じる点もあります。
それは、従来ならば「農家で買うと安い」というのが売りだったのですが、最近は特に安くなることは無く、一般的な「小売価格」を提示するようになっています。
つまり、もう安売りはしない&中間業者が得ていたマージンを農家の方でいただく、ということです。
それでも消費者にとっては、「確実にこの生産者のお茶が買える」「生産者と触れ合うことが楽しい」という価値を得られるので、特に問題は無いわけです。
今のように、安すぎる正体不明なお茶が跋扈している状況が、この傾向に拍車を掛けているとも言えます。
続いてブランド化です。
生産者が自社のブランドを打ち出して、パッケージデザインにも工夫をするなどして、相場よりも少し高い値段を打ち出すことが増えてきました。
従来であれば、既製品の「○○高山茶」と書いてある袋に詰めるだけだったので、相場の価格でしか売れませんでした。
しかし、ブランドのストーリーなどをきちんと伝えることによって、品質の高さを伝えるようになっています。
また、「良く出来たお茶は卸などの量販には回さず、自社で扱って売り切る」という方策を採るところもあり、「ブランド=当たりのお茶」という方程式を作ろうと努力している企業もあります。
量販に回るお茶は、B級品が多くなるというわけで、これも市中のマスマーケットに流れるお茶の品質低下に繋がっています。
そして、販路の限定です。
収穫のタイミングや人的な問題から、良質なお茶は無制限に作れるわけではなく、生産量が限られます。
そのため、既存の取引先の中でも、取捨選択が行われるようになってきています。
従来であれば、販売力を持つ問屋や小売店の方が力が強かったのですが、一部の良質なお茶を持っている生産者は、今や取引先を”選り好み”するようになっています。
このようになると新規取引は、よほどのことが無い限り難しくなっていくわけです。
最後に、価格の適切な値上げです。
これは品質の良いお茶は、もはや相場の価格よりも高い金額を提示して販売するケースが多くなってきている、ということです。
従来の相場感で「○○茶だから、この金額は高い」という人は相手にしない、ということでもあります。
いずれにしても、「良いお茶は限定的なので、正当に評価されるところにしか流れなくなってきた」ということです。
「台湾茶はどこの店でも、良いお茶を販売している」というのは、残念ながら、幻想になりつつあります。
消費者にできることは「相場感を持ち、良い店を選ぶこと」
このような状況が、表面化したのが、今回のコロナ禍だったのでは無いかと思います。
「仕入れに行けなくなった」ということは、これまでの信頼関係でお茶を送ってもらうことになりますから、そこでかなりの選別をされてしまったのではないかと思います。
やはり、「日本からわざわざ来てもらった」という状況では買い手が多少優位になりますが、「日本までわざわざサンプルを送って、送金のやり取りをして・・・」という面倒臭さを考えると売り手の方が圧倒的優位です。
よほどの信頼関係や結びつきが無ければ、振り落とされてしまうでしょう。
ようやく台湾との往来は再開しつつありますので、今年の仕入れからは復活できれば良いのですが・・・
現地の状況が変わっていることをきちんと認識しておき、きちんと品質の評価できるバイヤーであることを示せないと、そう簡単では無いと思われます。
良いお茶を扱っている方ほど、売り手優位の状況には変わりが無いので、組みたいパートナーとして思ってもらえるかどうか、です。
一方、「消費者の視点ではどうすれば良いか?」ということですが、これは非常に簡単です。
まず、きちんとした相場感を持つことだと思います。
現地での各産地の価格相場は、何度か複数のお店を訪問してチェックしていれば簡単に分かることでしょう。
しかし、重要なのはそれ以上に「お茶の生産にどのくらいのコストがかかるのか?」を知ることだと思います。
それを知ることで「適正価格」が見えてくるので、一見すると割高に見えるお店の茶葉が「適正価格」であることに気づけるはずですし、そうで無いお茶を取捨選択することができます。
その上で、ありきたりではありますが、「良い店を選ぶこと」です。
残念ながら、今の台湾の烏龍茶は「当たり」が偏在化しています。美味しいお茶があるお店は、一部に限られるということです。
今のように「良いお茶が少なく、それを持つ生産者側の方が強い」という状況を考えると、生産者側ときちんとコラボレーションができるだけのバイヤーの能力が問われることになります。
そうした優秀なバイヤーのいるお店をきちんと見つけ、そして定期的に購入する・お茶の感想をフィードバックするなどして、応援しておくことだと思います。
バイヤー自身の能力ももちろんですが、やはりバイイングパワー(販売数量)と抱えている顧客の質の高さ(自分のお茶の良さを分かってくれる顧客が多数いる)というのが、生産者側へのもっとも強い訴求力に繋がります。
日本にいながらにして良質なお茶を楽しめるのは、まさに仕入れてくれるお店があるからこそですので、この視点は必要になるかと思います。
次回は3月1日の更新を予定しています。
なお、当社では台湾の烏龍茶に関して、現在の製茶現場の状況や具体的なコストダウンの手法とそれによる影響を解説するとともに、品質の鑑定や相場感について解説する異色のオンライン講座を3月よりスタートする予定です。
約200gのサンプルを用いて、人気の高い凍頂烏龍茶・高山烏龍茶・東方美人茶を扱います。冒頭の3種類の茶葉と茶殻の写真から何を読み解けるか?なども解説いたします。
現地で茶葉を購入したい方も日本で美味しいお茶を購入したい方にも役立つ知識と経験になると思いますので、台湾烏龍茶に関心のある方は、ぜひご活用ください。