第26回:消えたはずの大禹嶺

お茶の世界では、色々なことが起こります。
たとえば、台湾最高海抜(約2600m)のお茶として、台湾はもとより、日本や大陸でも名前が通っている「大禹嶺」。

あまり日本では報じられていませんが、2015年11月に大禹嶺地域の最大規模の茶園が伐採されてしまっています。
しかし、市場には大禹嶺と呼ばれるお茶が、まだまだ流通しており、今年の新茶も発売されています。

一体、これはどういうことなのでしょうか?

 

そもそも大禹嶺とは

大禹嶺とは、台湾中部・花蓮県にある地区の名称です。
台中市・南投県との3市県の境界付近にあり、台8線(省道8号線・中部横貫公路)と台14甲線の交差する交通の要衝です。
旧名は合歓埡口といい、「埡」とは、山の峰と峰の間の低くなっている部分を指す言葉です。

中部横貫公路建設の際、この地域に梨山方面に抜けるための合歓山トンネルが建設されました。
ところがこの地域は水害や岩盤の脆さなどで難工事となったことから、総統の蒋経国により、この地域の工事は、大禹の治水になぞらえた難工事であったとして、大禹嶺という名に改名されました。

この交通の要衝である大禹嶺は、台8線の112kmポスト付近を指します。
一方、大禹嶺の茶園としての分布は、そこから梨山方面(台中方面)へ7kmほど遡った、105Kmポスト付近の茶園(大禹嶺105K)を中心に、103kmポスト付近(大禹嶺103K)、102kmポスト付近など、いくつかの場所に分かれて存在していました。

この地域は、森が深く、標高も2600m付近と梨山茶区の中でも高海抜であることなどから、良質の茶を産する茶園として、知名度が上昇。
特に”海抜”という具体的な「数字」があることからPRがしやすかったのか、台湾はもとより、日本や中国大陸などでも「台湾茶の最高峰」というようなキャッチコピーで宣伝されるようになります。

 

知名度と供給量のバランスが取れず

もっとも、その知名度に応えられるほどの生産量が無かったのが現実です。
この地域で生産に携わっていたのは数軒の農家しか無く、地元の生産者の話によると、大禹嶺茶の生産量は、2014年で年産1万斤(約6000kg)程度だったそうです。

知名度に供給が全く追いつかない状況になれば、必然的に出てくるのが「大禹嶺」と称する他産地のお茶です。
これらの茶園から10km以上、梨山方向に戻ったところにある、碧緑渓という地域のお茶を「大禹嶺90K」のような形で販売する業者も現れました。

さらには、近隣の梨山茶区もしくは相応の品質と思われる他地域産のお茶を「大禹嶺」と称して販売することも横行していたようです。

このようなことを”ルール違反”と咎めようにも、厳密な原産地呼称などの仕組みがありません。
そもそも、何が大禹嶺茶であるのか、どこまでが本物の大禹嶺茶の生産範囲であるのかを明確に規定するルールも無いため、「雪烏龍」などのブランドに対する商標侵害を告発するぐらいしか打つ手はありませんでした。

主力茶園の茶樹の伐採

このように、非常に曖昧で混沌としたところがあった大禹嶺茶でしたが、より深刻かつ致命的な問題がありました。
これらの茶園の多くは、林業目的で借り受けた国有地を開発したものだったのです。

林業の中には、当然ながら、茶の生産や果樹の生産などは含まれません。
つまり、大禹嶺地域にあった多くの茶園や果樹園は、申請した利用目的外の違法開発だったのです。

このことは以前から問題となっていて、土地の使用者側と行政との間で長年、裁判で争われてきました。
しかし、いずれも使用者側が敗訴となり、強制執行が行われることになりました。

具体的な動きは2015年に入ってからで、102K茶園や103K茶園の一部(私有地部分は残されました)の茶樹が伐採されました。

上記の写真は伐採から約半年後の2015年夏に訪れた102K茶園の跡地です。
ここには、工場などの生産施設もあったそうですが、これらも用途外ということで、撤去された後でした。

このようなことから、現地の生産者の話によると、2015年の大禹嶺茶の生産量は2014年からほぼ半減。

そして、2015年の冬茶の生産が終わった11月には、大禹嶺地域の最大の茶園であった105K茶園の茶樹も伐採されました。
これで大禹嶺地域の茶園は、ごく僅かな私有地部分の茶園が残ったのみとなり、とても商業的に流通できるほどの量は確保できないと思われます。

事実上、「大禹嶺は無くなった」と言える状況だったはずなのですが・・・

 

グレーな「大禹嶺」は販売が続く

どういうわけか、今でも大禹嶺茶は販売されているのです。
それどころか、正統な茶園が伐採されたことが、却って一部の茶園にとっては、追い風になっているような節も見られます。

もちろん、著名な産地である大禹嶺の伐採というのは、現地ではそれなりに大きなニュースであったので、さすがに産地を騙るものについては少なくなったように感じます。

が、大禹嶺90K(碧緑渓)などは、引き続き、生産と販売を続けています。

「大禹嶺は伐採されたはずなのに、新茶が出ている」というものの多くは、おそらく、こうしたお茶だと思います。

需要と供給のバランスを見定めてなのか、私が定期的に足を運んで価格をチェックしている茶荘では、伐採以降のシーズンで、大禹嶺90Kの販売価格が一気に上がりました。
また、大禹嶺よりもやや標高が低かった産地が、繰り上がりで最高峰となったことになり、こちらも価格が上がるなどの動きを見せています。

今回の一連の騒動を、コスト圧力がかかっていたものの値上げを正当化するのに、上手に使われているような節も感じられます。
コストを価格に転嫁するのは、生産者の当然の権利なので、値上げ自体は悪いことだと思いませんが、今回の騒動に便乗したようにも感じられ、あまり気持ちの良いものではありません。

 

今回のケースは、大禹嶺茶の定義や土地の利用用途など、様々なことが曖昧ゆえに起こったことですが、どうも様々な面で不透明感を感じてしまいます。
このような不透明感を抱えたままで、台湾茶が今後も消費者の信頼を得て、発展していけるのかどうか。

「業界の常識は、世間の非常識」という言葉を思い返さずにはいられません。

 

次回は11月10日の更新を予定しています。

 

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