西湖龍井茶が有名になった理由
「中国でもっとも有名なお茶は何か?」「中国でもっとも美味しいお茶は何か?」という問いになると、これは諸説出てきそうですが、「現代の中国でもっとも有名な緑茶は何か?」という問いがなされたら、おそらく多くの人は「西湖龍井茶」の名前を挙げるでしょう。
このお茶には、清代の乾隆帝の逸話など、歴史的な裏付けも十分にあります。
しかし、それ以上に新中国になってから、中国政府が、このお茶を”政治的に”特別扱いしてきたという背景が非常に強いように思います。
なにしろ、西湖龍井茶は、中国の国会に当たる人民大会堂で提供される「特供茶」であり、国家として茶葉を海外の要人等に贈答する場合に指定された「国礼茶」とされてきたお茶です。
また、周恩来首相は、ただの農村であった梅家塢村を5回も訪れ、ここで海外からの要人をもてなしたことで知られています(梅家塢村には”周恩来紀念室”という展示館がある)。
さらに中国初の茶葉専門博物館である「中国茶葉博物館」は、まさに西湖龍井茶の産地の中心部に1991年にオープンしています。
20世紀においては、こうした政府からの特別扱いにも見えるような待遇がなされており、西湖龍井茶というお茶は、その他大勢のお茶とは全く異質なブランドに仕立てあげていたように感じます。
21世紀に入ってからは、杭州市は「中国茶都」(2005年に認定)としての街づくりを進めており、「西湖龍井茶」はその重要なブランドアイコンの役割を果たしています。
先に挙げた梅家塢村は、2000年から「茶文化村」へと整備が進み、単なる茶産地から観光地へと変貌を遂げ、周辺の名産地も次々と観光客の流入が増え、西湖龍井茶の名声が高まっているように感じます。
ここまで見てきたとおり、西湖龍井茶は”自然と”有名になったわけではなく、地元の茶業者たちの努力は勿論あるにせよ、政治の強い関与の下で中国一の知名度を有する緑茶になったわけです。
西湖龍井茶の価格の上昇が止まらない
その西湖龍井茶ですが、価格の上昇が止まりません。
中国茶全般に言えることですが、茶摘み人の工賃の上昇は、中国茶の価格を大きく押し上げています。
特に非常に細かな新芽を摘採する必要のある高級緑茶は、人件費上昇の影響を受けやすく、価格が高騰しがちです。
もっとも、社会主義市場経済を標榜する中国においては、価格は最終的には需要と供給のバランスで適切な価格に落ち着きます。
事実、多くの名茶は原価の上昇があっても、需要との関係から価格の上昇は相応の水準に収まることが多いのです。
特に新型コロナウイルスの流行の影響を受けて需要がやや落ち込みがちだった、この1,2年ほどは上昇が抑えられる傾向が顕著でした。
しかし、西湖龍井茶の平均価格は、昨年は1kgあたり300元前後(約5千円)、今年は1kgあたり600元前後(約1万円)の上昇という、急激な価格上昇を見せているのです。
模倣品の厳しい取り締まりが功を奏す
多くの日本人がイメージするように、中国は模倣品の多い国でした。
中国のお茶のトップブランドである西湖龍井茶は、まさにその標的になりやすいお茶でした。
浙江省内の別の地域のお茶を「西湖龍井茶」と称して販売するのなら、まだ良い方で、四川省や安徽省など、全く別の省の緑茶を龍井茶と称して販売する業者も横行していました。
「さすが偽物大国。さもありなん」と思うかもしれませんが、このような状況は21世紀初頭までです。
中国社会は急速に成熟してきており、一般市民の「知的財産」に関する考え方も急速に進歩してきています。
このあたりは、多くの方の認識が古いままで止まっているので、中国に対する見方を更新をしなければならない点だと感じます。
中国政府は、農産品に関する原産地保護制度(地理的表示制度)を1999年にスタートさせています(なお、日本の地理的表示<GI>制度導入は2015年)。
当初は『地理標志産品保護規定』『原産地域産品通用要求』という規定が根拠でスタートしましたが、あまり実効性が上がらず、2008年に内容が改訂されます。
以後、原産地保護制度(地理的表示制度)の認知向上に努めてきた結果、民間の意識の向上もあり、徐々にその実効性が高まっていきます。
特にトップブランドである西湖龍井茶は、地理的表示の認証機関である「杭州市西湖龍井茶管理協会」を中心に活動を活発化させていきます。
地理的表示制度というものは、製品の名称をブランド=知的財産であると捉え、認証機関から使用許諾を得ないと、その名称を使用した茶葉の生産・販売ができないというものです。
従来であれば、産地の農家は勝手に名前を名乗って生産することができ、販売する側も勝手に名前を付けて販売できたのですが、認証機関の許諾を得て使用料を支払わないとそれらが使用できなくなったということです。
産地で、伝統の製法通り作っていたとしても、認証機関の許諾を得ていなければ、それは西湖龍井茶としては販売できない、というわけです。
2016年頃から、「杭州市西湖龍井茶管理協会」は、許諾なく西湖龍井茶ブランドを使用する企業に対して、積極的に訴訟の提起や行政への通報を行うなど、強硬的な姿勢を強めます。
大手のスーパーマーケットなどでも、使用許諾を得ていない商品を展示していたということで、商品の引き上げを要求されるなど、かなり徹底した対策を行っていました。
結果、2019年頃には、西湖龍井茶の模倣品の流通はやや減少します。
その成果が出たのが2020年で、コロナウイルス感染拡大の影響で産量も減少したのですが、平均価格が3割程度向上したことから、産出額は最高を更新。
その流れを引き続ぎ、今年も模倣品の流通がより少なくなってきたことから、大幅な価格上昇に繋がったというわけです。
もっとも、少なくなってきたとはいえ、西湖龍井茶の生産量は約500トンしか無いのに対し、市場で販売されている西湖龍井茶の量は推計で約10万トンとされています。
まだまだ、いわゆる”本物”の流通量との差は大きいのですが、一部の”偽物”を撲滅することで、これだけの価格上昇が起こるわけです。
本当に正統な産地のものだけに絞られた場合は、お値段はどのくらいになるのだろうか・・・と少し恐ろしくもなります。
トレーサビリティーの強化でさらなる価格上昇を目指す
「ブランドを知的財産と捉え、西湖龍井茶という圧倒的ブランド力を活かすために、徹底して知的財産を守る。
知的財産権を守ることで、西湖龍井茶のブランド価値を最大化でき、産地では大幅な増収が確保できる」
これが最近の杭州市および西湖龍井茶の関係者の共通認識であるようです。
現在、西湖龍井茶管理協会では、より厳しく西湖龍井茶の定義を行う団体標準『西湖龍井茶』制定を進めています。
また、浙江省が開発中の農産品トレーサビリティーシステムとの連携を図るなどして、茶畑と製品を1対1で結びつけるというITを使用した管理方法も積極的に導入していく方向です。
杭州市も2021年10月29日に『杭州市西湖龍井茶保護管理条例』を可決し、生産者にこのトレーサビリティシステムの使用や製品への統一ラベルの貼付を事実上義務づけるなど、法的な裏付けも強化しています。
中国絡みの知的財産権と言えば、以前は有名キャラクターを無断で使用した中国の遊園地や、日本の著名なブランドの商標が中国で勝手に商標登録されていた、などが日本のニュースに上るくらいでした。
が、近年は中国企業が、日本での商標登録を進める動きも強まっており、知的財産権というものに対しての価値は中国側の方が高く見ているようにも感じます。
EUとのFTA(自由貿易協定)締結の際にも問題になりましたが、意外と日本の知的財産権への認識は甘いのではと感じる面もあります。
西湖龍井茶の例などを見ると、知的財産権としてブランドを管理することが今後の世界の趨勢になっていくようですから、日本も知的財産権への意識を高める必要がありそうです。
次回は12月1日の更新を予定しています。