第149回:産地偽装が容易な「茶」という商材を扱う上で大事なこと

台湾の茶飲料店が境外茶の混入問題で摘発

8月上旬のことですが、台湾の嘉義市を中心に茶飲料店を展開していた企業の代表者である女性が、台湾茶に安価な海外産のお茶(境外茶)を混入して販売していたとの疑いで当局に摘発されました。
台湾メディアで、この件が報じられています。

https://udn.com/news/story/7320/6512607

https://news.ltn.com.tw/news/society/breakingnews/4015119

この会社は嘉義市内で3店舗、台北の永康街に1店舗を構える茶飲料店で、モダンなパッケージでの茶葉の販売も行っています。
若者層にも好まれそうなセンスの良いデザイン性を持った小売業者であり、2016年の設立から順調に事業を拡大してきたようです。
同店には母体である老舗の茶葉店があり、自前の茶園を有していたことからか「あなたの飲むお茶は、私たちが自ら栽培したものです(意訳)」というキャッチコピーで、自分たちで生産した茶葉をそのまま消費者に販売するスタイルを掲げてきました。

ところが、2019年頃から、どうも自前の茶葉だけでは賄いきれなくなったようです。
代表者の女性はコストの低減を図るために、阿里山烏龍茶の産地にある農協組織である、梅山郷農会から金萱茶を仕入れ、それと海外産のお茶を混ぜて販売をしていたと見られています。
その商品のパッケージには、「清香穀雨烏龍(※台湾の場合、烏龍と書くと青心烏龍種であることを指すことが多い)」という商品名で、産地が台湾であり、茶農家は林なにがしという農家であり、阿里山国家風景区の1200~1400mの地域で生産され、茶園の場所の住所も明記しており、これが不実記載ではないか、との嫌疑が掛けられているようです。

 

規模の拡大で、キャッチコピーとの矛盾が生じた?

同店は、前述のように、自分たちが栽培したお茶のみを提供していることを、消費者へのキャッチコピーとして掲げていました。
しかし、規模が拡大していく中で、そのスタイルを維持するのは、現実的にみると、相当難しいことだったと思われます。

同店の飲料店や通販サイトの商品群を見ると、阿里山産の烏龍茶、金萱茶などの他に、阿里山産の青心烏龍種を用いた紅茶などがラインナップされているほか、桂花烏龍茶、茉莉烏龍茶などの花茶もあります。
このあたりまでなら、同じ農家さんだけで揃えることが可能といえば可能なラインナップなので、キャッチコピーとの矛盾を感じることはありません。

しかし、それ以外に日月潭産の紅玉紅茶、鹿谷産の凍頂烏龍茶であったり、明らかに価格の安い低海抜の四季春茶と思われるお茶のラインナップまで揃っています。
ここまで来ると、さすがにキャッチコピーとの矛盾を感じざるを得ません。

阿里山の一茶農家が、日月潭、鹿谷、おそらくは名間などの地域に、そんなに都合良く茶畑を有していて、4店舗に必要なだけの茶葉を供給出来るのでしょうか?
ひょっとしたら、非常に大きな会社が母体で、各地に茶園を有しているのかもしれませんが・・・ 現実的に考えると、その可能性は低いでしょう。

となると、対外的なキャッチコピーと経営実態は、既に乖離していたことが分かります。
本来であれば、自前の茶葉で賄いきれなくなった段階で、キャッチコピーを改めるか、「提携した茶園の茶葉」のような注釈を付けるべきだったかもしれません。

そこへ来ての台北出店です。
茶飲料店大激戦区の台北で、さらに地価がべらぼうに高いことで知られる永康街に出店し、それでいて地方都市である嘉義の店舗とほぼ変わらない価格帯で販売するというビジネスモデルは、どうソロバンを弾いても成立するはずがないのです。
当然、なんとかしてコストを低減して収支を整えたいという気持ちが強くなりますし、さまざまな誘惑に駆られることでしょう。

自前の茶葉を提供するというキャッチコピーの前提は既に崩れていたわけで、この時点で嘘をついているわけです。
割れ窓理論ではないですが、小さな嘘は、どんどん大きな嘘に拡大していきます。
その結果が、今回の境外茶の混入という行為に繋がったのでは無いかと思います。

 

異業種参入者が陥りがちな罠

同店のWebサイトなどで商品のパッケージ等をしっかり見ると、従来の茶業界とは一線を画したセンスがあると感じます。
その一方で、茶業者として持っておくべき常識が欠けているようにも感じます。

それが良く感じられるのは、”金萱種を烏龍種と称して売った”という点についてです。
同じ偽装であったとしても、たとえば産地の違いならば、一般の消費者には分からないこともあるでしょう。
が、品種の違いが清香型烏龍茶の風味に与える影響は明確であり、プロで無くても、鋭い消費者や飲み慣れている消費者なら気づいてしまうレベルのものです。
このような偽装は、茶業界でしっかり勉強をした方ならば、到底やらないような杜撰な偽装です。

悪い言い方をするならば、茶業界の方ならば「どこまで、ごまかせるか」は、大体、把握をしているものです。
どこをどう変えるくらいならば、あまり気づかれない・・・というのは、感覚的に分かってしまいます。
そこを踏まえていない混入を行っている時点で、茶業界の暗黙のルールに通じている経営者だったとは思えないのです。

異業種から参入した経営者は、パッケージなど消費者側から見える部分については、斬新な視点を提供し、この点では素晴らしいと感じることもあります。
しかし、その根っこの部分では、茶業界の言うまでも無いような常識には疎く、往々にして、業界のルールやモラルを逸脱してしまいがちです。
本来であれば、その点は真摯に同業諸氏に対して学ぶ姿勢を持ち、事業経営を行うべきなのですが・・・
どうしてもメディア受けするような新奇性などに関心が行きがちで、基本が疎かになることは多いようです。

今回の件に関して言えば、茶葉のきちんとした品質鑑定などは二の次になり、コスト面だけで茶葉を扱っていたという実態が透けて見えてしまいます。

 

お茶とは、産地偽装が非常に容易な商材だということ

そもそも、茶葉の産地偽装というのは、非常に容易にできてしまうものです。

なにしろ、畑や工場から出てくる、1枚1枚の茶葉そのものにラベルが付いているわけではありません。
そして、お茶の味の違いとは本当に繊細なものですから、よほどの訓練を受けたか、飲み慣れているか、味覚が鋭い人でなければ気づかないことも多々あります。

極論を言えば、パッケージに貼るラベルの内容を書き換えるか、詰める袋を別のものに変えるだけで、バレなければ、偽装が成立してしまいます。
※台湾では包材問屋に行けば、大禹嶺、梨山、阿里山などの産地名の付いた袋が、ほぼ同価格で、誰にでも買える形で売られています。何故でしょう?

このように、お茶という商材は、流通の担い手側が偽装をしようと思えば、容易に出来てしまいます。
そして、台湾の烏龍茶は、産地によっての価格相場がだいぶ違うものですから、その偽装が大きな利益を生むこともあるという、非常に危うい面も持った商材なのです。
別の言い方をすれば、”情報の非対称性”が大きい商材であるとも言えます。

このような”情報の非対称性”が大きい商材には、他には中古車や不動産など、さまざまな商材があります。
こうした商品を扱う事業者は、自主的な業界基準を設けたり、透明化を促すようなシステムなどを構築して、消費者側の信頼確保に努めています。
また、事業者自体が発信する情報などにも、法令などで厳しい規制などが掛けられていたり、いわゆるコンプライアンスにもうるさい業界です。
そのような縛りを設けることによって、消費者からの信任を得て、事業を展開しています。
そもそも、業者自身が信用されにくい、ということを良く分かっているので、良心的な業者は十分に注意して事業を行っています。

 

茶業界として取り組めることは・・・

残念ながら、日本における中国茶や台湾茶に関しては、食品衛生法や薬機法、景品表示法、通販なら特定商取引法等の法令で規制があるのみです。
これらを遵守すればよいのですが、実際には小規模事業者が多く、手が回らない、コストを掛けられないという側面もあり、食品衛生法で定めるラベルの表記等々ですら不十分な事業者の方も、まだ見受けられる状況です。
こうした状況は、速やかに改善されなければなりません。

また、茶葉を販売する際に、ラベルの情報だけでは無く、ネットなどを通じて情報発信を行うことも増えてきています。
しかし、そうした情報の中には、客観的に見て、明らかにおかしい情報などが、まかり通ってしまっている現状もあります。
とても同じ生産者が製造したとは思えない数の商品に同じ生産者の名前が掲載されていたり、本来、別の種類の茶葉として扱わなければならない別産地のお茶を混同したり、明らかに史実に反する歴史を掲載していたり・・・

これらは、事業者側の理解が不十分なために誤って記述をしているケースもあれば、意図的に誤認を誘っているように見えることもあります。
このような誤った表記が、現時点では野放しになっており、それらの記述同士が矛盾し合って、消費者の混乱を引き起こしているような状況もあります。

もっとも、現実的に考えて、これらを強制力がある形で修正を求めていくことは不可能に近いことです。
よほど強力な行政機関か業界団体があれば別ですが、自由主義が原則となっている我が国はそうした方向性にはならないでしょう。

しかし、このような誤った情報が大手を振ってまかり通るという状況は、消費者からの業界への信頼を損なうには十分すぎるものです。
一体どのようにしていったら良いのでしょうか?

求められるのは、販売業者側の自主的な情報への信頼性確保です。
誤った情報は、指摘があったり、あるいは誤りに気づいた場合は、速やかに改善していくなどの姿勢を見せることです。
そのようにして、きちんとした情報開示をしている姿勢を見せることでしか、消費者からの信任を得ることは出来ないでしょうし、業界全体のイメージは変わっていかないものと思われます。

もう一度、今回の茶業者のことについて考えてみれば、自前の茶葉だけで運営が出来なくなっている段階で、きちんとした情報開示をしておくべきでした。
しかし、そこで小さな嘘をついてしまったことで、その後の大きな嘘に繋がっています。

冷静に考えてみれば分かることですが、普段から発信する情報に誤りや我田引水な歪んだ情報を発信している事業者が、真っ当な商売をする業者でしょうか?
自店で発信している情報に誤りがあると指摘を受けているのに、それすら修正しないという業者が、本当に産地などで偽装をしないと言い切れるでしょうか?

真っ当な商売は、発信する情報をきちんと検証し、正していくという姿勢から生まれるのではないかと感じます。

 

次回は9月1日の更新を予定しています。

 

関連記事

  1. 第101回:心配される中国の豪雨と水害

  2. 第87回:”ホンモノ”と”ニセモノ”の境目

  3. 第175回:本場で中国茶を買う際に、ラベルでチェックすべきこと

  4. 第27回:「茶城」を考える

  5. 第163回:ChatGPTで中国茶について聞いてみた

  6. 第25回:広がりはじめた「茶の愛好家」の輪

無料メルマガ登録(月1回配信)