中国茶学習者に意外と多い「台湾茶が苦手」という方
当社で運営している中国茶講座は、中国の「国家標準」であったり、科学的に検証されたお茶の知識をベースに組み立てています。
このような中国茶講座の作り方は、日本ではあまり見かけないタイプだとよく言われます。
しかし、中国大陸では、大学などの授業も基本的にこのような作りですし、かつて国家資格であった茶藝師・評茶員などの講座。
さらにはそこで学んだ方が指導する、現地駐在員家族などに向けた日本語で教える教室などでも、最近の授業の進め方は基本的にこのようなスタイルが多くなっています。
いわば、中国のスタンダードになっているお茶の指導法だと思います。
日本ではこうした教室が少ないという理由からか、当社の講座には中国大陸でお茶を学んでいた経験のある方が、多数参加されています。
そのような方に個別にお話を伺うこともあるのですが、多くの方が口を揃えるのは、台湾茶への苦手意識です。
より正確に言うと、「台湾茶というお茶が口に合わない」というわけではありません。
味や香り自体は好きという方が多いのですが、中国茶(大陸茶)と比較すると、台湾茶にまつわる知識や情報の細かさに圧倒されてしまい、どうも苦手意識がある、という方が多いようです。
今回は、このことについて、少し考えてみたいと思います。
個人的にはこの苦手意識というのは、
・単純に「台湾茶」に触れた経験が少ない
・「中国茶」と「台湾茶」の縮尺の違い
・「台湾茶」は公的な定義が少ない
などの点から生まれているのではないかと思います。
順に一つずつ見ていきましょう。
単純に「台湾茶」に触れた経験が少ない
まず、最初に「そもそも台湾茶にあまり触れていない」ということが多いと思います。
台湾から中国への茶葉輸出は、ある程度は盛んだった時期もあるのですが、中国側の掛け率などの関係から、正規輸入された台湾茶は極めて高価なお茶になっています。
そのため、「日常的に台湾茶を飲んだ経験がある」という方は少ないようです。
仮にあったとしても、その入手経路が多くはないため、そのお茶の印象が一面的になってしまうことがあります。
たとえば、現代の凍頂烏龍茶の主流は清香型に切り替わっています。
しかし、購入している特定のお店が、それを扱っていなければ、凍頂烏龍茶とは昔と変わらないものだと思い込んでしまいます。
これでは、全体像が見えていることにはならないのです。
このような購入している店舗の品揃えに起因するバイアスがあると、台湾茶の全体像が分かりにくくなってしまうことはよくあります。
特に、中国大陸ではその傾向が強く出てしまいます(ほとんどが大陸産の台式烏龍茶であることも多い)。
「中国茶」と「台湾茶」では”縮尺”が違う
次に大きな差異が出るのが、「中国茶」と「台湾茶」の”縮尺”の違いです。
中国茶は、非常に広い国土で様々なお茶を生産しており、茶類の幅も広く、各銘柄の種類を押さえるだけでも、かなりの数のお茶を飲み、学ばなければなりません。
非常に数が多いですから、それぞれのお茶に関しての踏み込む領域がやや浅くなりがちな面があります。
これは特に入門編の講座などを受けただけでは、このように感じることが多いですし、茶藝師・評茶員などのクラスでも、詳細までは突っ込みきれないのが現状です。
幅広い領域をカバーするとなれば、地図で広い範囲を見渡す時のように、どうしても”縮尺”は小さくなります。
要するに”広く・浅く”学んでいる傾向が強くなります。
もちろん、実際に茶産地などに行けば、その地域の中でも、細かな地域の違いや銘柄、製法の違いなどはあるのですが。
外国人向けのクラスなどでは、そこまで行き着かないため、表面的な解説で終わることが多いです。
しかし、台湾の場合は事情が違います。
まず、生産されている茶種は、基本的には烏龍茶が中心であり、そのパターンも決して多くはありません。
製法だけで大まかに分ければ、凍頂烏龍茶・高山烏龍茶、文山包種茶、木柵鉄観音、東方美人茶ぐらいの4つのお茶に集約されてしまいます。
品種についても、台湾の場合は日本統治時代以降に”品種化”が強烈に進んでいるため、中国ほど品種の数は多くありません。
台湾全体で生産されている品種の数は、武夷岩茶や鳳凰単叢と比較すれば、遥かに少ない、という状況です。
このように台湾の場合は、製法や品種によるバリエーションの幅は狭いのです。
が、烏龍茶ならではの発酵と焙煎による微妙な差異や高山烏龍茶などの僅かな生育環境の違い、作り手の個性などより細かな部分のディテールで、様々なバリエーションが生まれています。
地図に例えれば、台湾茶の方が”縮尺”が大きい傾向があり、範囲は狭いけれども、その詳細を突き詰めて行く傾向が強いわけです。
たとえば、高山烏龍茶の種類について語るならば、「中国茶」の縮尺で見ると、高山烏龍茶というジャンルと、青心烏龍種と金萱種、さらには阿里山と梨山ぐらいの産地を押さえていれば、理解したことになります。
が、「台湾茶」の縮尺で行くと、これでは全くもって不完全です。
さらに発酵程度や焙煎程度、季節香の違い、阿里山の中の細かな集落名や大まかな標高などの情報を織り込んで、より自分の好みに合ったお茶を探していく、という傾向になります。
特に日本では台湾茶の専門業者も多いため、より細やかな情報提供がネットショップを中心になされており、それらの情報の解像度の高さは「中国茶」の比ではないと感じることもあります。
範囲としては”狭い”のですが、そのぶん”深さ”があるというイメージでしょうか。
おそらく、この”縮尺”の違いというのが、もっとも違和感を覚える部分なのではないかと思います。
「台湾茶」は公的な定義が少ない
もう一つ、「中国茶」から入った方を悩ませるのは、台湾茶には公的な定義が少ない、という点です。
これは市場の成り立ちなどに関係があります。
まず、「中国茶」は、1990年代に入ってから市場が急速な成長を遂げています。
この間、茶業の事情が全く分からない新規参入者が続々と入ってくるという環境に置かれていたため、いわゆる「標準」などを制定することで、様々なお茶の”規格”を整備してきました。
たとえば、普洱茶は「雲南省の特定地域で栽培された雲南大葉種の芽葉を用いて、特定地域内で特定の技法で生産されたお茶」と公的に定義しています。
このように、お茶に関しての公的な定義を制定することで、”本物”と”偽物”の境界線をハッキリさせたり、”茶類”や”等級”の区分けを明確にすることで、あまりにもいい加減な製品の撲滅を図ってきました。
また、近年では「地理的表示産品(GI)」などの登録を進めることで、原産地保護を進め、産地の詐称などを許さない方向に進んでいます。
公的な定義があるというのは、実は学習者にとっても、非常にありがたいものです。
「標準」などの公的な文書を読めば、明解にそのお茶の定義などが書かれているわけですから、そうしたものを演繹法的に結びつけていけば、ある程度のお茶のイメージを持つことが出来ます。
ヨーロッパなどを中心としたワインやチーズなどの嗜好品と近しい学び方が出来るとも言えます。
一方、「台湾茶」の場合は、状況が全く違います。
1990年代以降、茶業は決して成長産業ではなく、むしろ右肩下がりの産業になっています。
このような状況では、新規参入者というのはそれほど見込めませんから、公的な定義などをして、敢えてルールなどを作る必要がありませんでした。
そもそも何かを”定義”するというのは、どこかで一線を引くことになりますから、同業者間で見解の相違が生じ、険悪な関係性に陥るリスクもある行為です。
たとえば、凍頂烏龍茶の原産地の人に話を聞けば、自分の畑のあるエリアまでを産地として制限すれば差別化が図れますが、より安く、大量に販売したい茶問屋は、産地をもっと広げて、拡大解釈できるようにしたがります。
このような議論の紛糾をまとめるのは、自由主義国家の台湾では非常に難しいことです(中国がまとめられるのは共産党が指導するという国の体制にもよります)。
そのため、なんとなく業界全体で有している”共通認識”のようなものを察するという形で、茶業界が構成されています。
これは学習者にとっては、非常に難解なものになります。
なぜならば、それぞれの立場の人が、それぞれのお茶の定義を有しているため、誰に聞くかで違う答えが返ってきてしまいます。
たとえば、「木柵鉄観音とは何か?」という質問をするとしましょう。
台北市の木柵地区で鉄観音品種の茶畑を有している農家に聞けば、「木柵で鉄観音品種を用いて、鉄観音製法で製造したお茶」と答えるでしょう。
しかし、同じ木柵地区でも鉄観音品種を育てていない農家に聞けば、「木柵で作った、鉄観音製法で製造したお茶(品種は鉄観音に限らない)」と答えるでしょう。
あるいは木柵の茶商に聞けば、「鉄観音製法で製造したお茶を木柵で最終焙煎したお茶(原料茶葉の生産地は木柵に限らない)」と答えるかもしれません。
以上の回答は、どれも同じように感じるかもしれませんが、指している範囲が全て異なっています。
このような主張が沢山出てくると、「一体どれを信用して良いのか、分からない・・・」となります。
きちんとしたルールを学びたいと思って臨んでいる人ほど、「台湾茶はよく分からない」という印象になってしまいがちなのです。
苦手を克服するにはどうすれば良いか?
苦手意識を克服するにはどうしたら良いのでしょうか?
個人的な経験も踏まえて、いくつか対策を提案したいと思います。
1.”縮尺”の違いを意識する
まず、「中国茶」と「台湾茶」は縮尺が違う、ということを踏まえて学ぶことだと思います。
”中国茶の一ジャンル”として学ぶよりは、むしろ別のお茶として学ぶつもりの方が、理解しやすいと思います。
私自身は最初に関心を持ったのは台湾茶で、その後で中国茶に関心を持ったという流れでした。
台湾茶の方が縮尺が大きく、解像度も高かったので、同じような解像度を中国茶でも期待したのですが、それは難しいということに途中で気づきました。
あまりにも広すぎて、情報として処理しきれないのです。
そこで、「中国茶」に関しては、まず縮尺を小さくして全体像を見るようにし、一通りの全体像が掴むようにしました。
その後で、各お茶(たとえば龍井茶、武夷岩茶)に絞って、産地などに出かけ、より詳細な情報を集めていく(解像度を高めていく)という流れで学ぶようにしています。
このように”縮尺”の違いを意識すると、比較的スムーズに学べると思います。
2.幅広い解釈を整理して、帰納法的に定義を捉える
公的な定義がある「中国茶」と比較すると、「台湾茶」は人によって定義が異なる場合があり、厄介に感じることが多いものです。
しかし、何人にも話を聞いていくと、ある程度、共通点が見出せます。
また、話を聞いた方の業界内でのポジションや立ち位置なども理解すると、「これは、定義ではなく、この人の希望である」「この人の立場からするとそうなって欲しいのだろう」という状況も分かるようになります。
たくさんの人に話を聞いて、それを理論的・科学的な視点で帰納法的に推論していくと、”定義”に近しいものが見出せるものです。
こうした推論を行うためには、まず多くの茶業者と接触し、話を聞く必要があります。
特定の茶業者や農家の話を聞いているだけでは、全体像は見えず、その方の言い分を一方的に聞いているだけになってしまうからです。
残念ながら公的な定義が無い以上、一人の方の話を聞いて、それを鵜呑みにするというのは、非常に危険なことなのです。
できるだけフラットに多くの茶業者に接し、それらの意見を理性的に整理するというのが理想ですが、それはさすがに一般の方には厳しいかもしれません。
その場合は、多くの人の意見を上手く集約・整理できる方の話を聞いて、そこから自分なりに考えてみる、というプロセスを経るのが現実的かと思います。
こうした方は、独自すぎる理論ではなく、複数の方に共通する見方をしていることが多いので、バランス感覚のある人が見つけられるとよいと思います。
3.幅広い茶業者の素性のハッキリしたサンプルを多数飲む
台湾茶には、凍頂烏龍茶、阿里山烏龍茶、東方美人茶など、いくつもの銘柄があります。
これらをもし本当に理解しようと思って飲むのであれば、それぞれのお茶について、数十~数百のサンプルを飲まないと、本当のところは分からないと感じます。
なぜかといえば、同じ阿里山烏龍茶であっても、茶園や生育環境の違い、作り手の違い、発酵と焙煎の違いなどで全く異なる風合いを示すことがあるからです。
誤解している方も多いのですが、「阿里山烏龍茶とは、こういう味」と簡単に言語化することは出来ません。
阿里山烏龍茶の”傾向”というのは確かにあるのですが、その”傾向”を掴むためには、ある程度のサンプル数を飲み進め、その共通項を自分の舌や鼻で感じることによってのみ、明確に理解することが出来ます。
このような”体感”として理解しておくことが、台湾茶の理解には大変重要です。
その際、できればそのサンプルがどのような来歴の茶葉なのかが明確であれば、感じた微妙な差が、何によって生まれたのか(たとえば発酵の差か焙煎の差か、肥料の差か)を体感として整理することになります。
残念ながら、大手の茶業者のブレンドした茶葉をいくら飲んでいても、これは実現できません。
このようなことをしようと思えば、幅広い茶業者から素性のハッキリしたサンプルを取り寄せる必要があります。
幸い、日本でもそのようなお店はネットショップなどを中心に増加傾向にあるので、そうしたお店のお茶を試してみることで実現はしやすくなっています。
もしこのスピードを上げようと思うのであれば、ある程度、台湾茶の枠組みが理解できている方に飲むべきお茶をリストアップしていただくのが良いと思います。
なお、当社でも7月下旬より「台湾茶基礎講座オンライン」を開講する予定です。
こちらでは、上記のような課題を解決するような講座の構成と茶葉サンプルを用意いたします。
台湾茶をもう少し理解したいと考えている方は、ぜひご活用ください。
次回は6月1日の更新を予定しています。