茶の値上げは中国では日常
中国の茶業界では、”値上げ”という声を聞くことが少なくありません。
その値上げ幅は、数パーセントというような穏やかなものではなく、一時期は毎年10%、20%というような急ピッチの”値上げ”が行われてきました。
数年前の感覚で金額を指定してお茶を買うと、レベルが2~3ランク落ちたものが出てくるというのは普通です。
値上げの要因は、いくつもありますが大別すると2つです。
1つは、茶の生産に関わる様々なコスト、とりわけ人件費の高騰によってもたらされたものです。
中国茶の中でも、名優茶と呼ばれる高級茶の多くは、手摘みや機械化の難しい製造方法など、きわめて労働集約的な商品であり、賃金コストの上昇は、ストレートに茶葉の値段に反映せざるを得ません。
また、中国経済自体が高度成長を実現してきているため、インフレ圧力も強く、資材コストやその他の間接経費の上昇も激しくなります。
値上げを行っていかなければ、事業自体が成立しなくなるため、やむを得ない値上げですが、中国全体がインフレ傾向であることと、農村部の収入向上は国策でもあるため、この値上げは比較的許容されやすいように感じます(もっとも、許容限界に近づいているのも確かです)。
もう1つは、需要の増加によるものです。
高級茶などの価格上昇につられて、茶葉の価格全体があがっていることもありますし、一部の銘柄の人気が急に高まり、需給が逼迫して極端な値動きを見せる事例もあります(特定産地の普洱古樹茶、金駿眉など)。
いずれにしても、中国大陸においては、価格の値上げ(コストの価格への転嫁)は比較的タイムリーに行われているように感じます。
これは中国の茶葉流通のしくみが、比較的新しくかつシンプルであるということも関係していそうです。
中国の場合は、伝統的な茶問屋のようなシステムが、新中国建国後に一度破壊されてしまっています。
現在機能している流通のしくみは、1980年代以降の生産責任制の導入以降に新たに構築されたものです。
多くは生産者が街の茶城などに出てきて、直売をするというスタイルから始まっていますから、生産者と販売者が同一もしくは非常に近接した関係にあります。
こうした事情から、あまりしがらみがないので、価格をダイナミックに動かしやすいのだろうと思います。
価格転嫁が難しい台湾の茶業
一方、台湾の茶業界を見てみますと、台湾の茶葉価格は大陸の価格変動に比べると、かなり穏やかな推移をしています。
ここ10年ぐらいでも、ほぼ横ばいのように感じますから、価格上昇率はきわめて低く抑えられているようです。
台湾経済は、近年は景気の動向に陰りが見られますが、2000年以降も経済成長自体は続いており、日本などよりも高い経済成長を実現してきています。
当然、種々のコストや人件費の上昇も見られるはずなのですが、一部の愛好家向けの茶葉を除き、これらのコストの茶葉価格への転嫁はあまり進んでいません。
そのため生産者側は、価格が思うように上げられない以上、コストダウンで対応せざるを得なくなっています。
機械化などによる省力化・効率化を進めると共に、摘み手に移民労働者を採用する(台湾人労働者に魅力的と思われるような賃金を提示できないため)。
さらにはタイやベトナムなどの産地へ進出し、より低コストな茶葉供給地として機能させる、などです。
このような手立てでも難しい場合は、経営規模を小さくし、従業員の雇用を止め、家族経営や兼業に切り替える、という形で生き残りを図るケースもあります。
いずれにしても、価格が上げられなければ、非常に後ろ向きな対応をしていかざるを得ません。
それでも経営的に持続可能なだけの収益が見込めないのであれば、これまでの蓄えを切り崩すなどの無理を重ねるか、あまり褒められないような手口(海外産のお茶をブレンドして嵩増しするなど)を取らざるを得ません。
無理を重ねても、業況が回復する実感が持てず、とても先行きが見通せないということであれば、代替わりなど、何らかのきっかけで廃業するというケースが増えます。
価格が硬直化しているということは、このような結果に帰結することが多いわけで、産業としてみれば、決して健全な状態とはいえません。
必要なコストをきちんと価格に反映し、それを回収できるような事業体でなければ、それは巷で言われる”ブラック”な状態に他なりません。
値上げに消極的な茶葉問屋
中国大陸では、スムーズに値上げが実現できているのに、台湾では実現できない理由。
それには様々な理由がありますが、大きな理由の一つとして、茶葉問屋などの中間流通業者の存在があるように感じます。
茶農家が生産した多くの茶葉は、こうした中間業者によって買い取られ、現金化されます。
最近でこそ、”自産自銷”(自分で生産して自分で売る)という動きで、ドライブイン的な店や農家茶藝館を構える茶農家も出てきていますが、小売ノウハウを元々持ち合わせていない茶農家がほとんどですし、農作業の合間に対応するのでは、限界があります。
ゆえにこれらの自社売上を主力の柱にするのは、なかなか難しく、結果的にこれまで通りの茶葉問屋との取引も続けざるを得ません。
しかし、茶葉問屋は、基本的には値上げに消極的です。
彼らは多くの販売先を抱えていますが、それらの販売先・需要家は規模が大きくなればなるほど、安定した安価な商品を求める傾向にあります。
需要家側も苛烈な競争に晒されているので、コストダウンやより安い商品の要望を問屋に出してくることはあります。
そういう状況下ですので、値上げを飲ませるのは難しく、もし値上げを切り出そうものなら、他社へ移られるのではないか、という恐怖感が茶葉問屋にはあります。
よって、いかに生産者側のコストが上がっていることを理解していたとしても、安易に買い取り金額を上げるわけにはいきません。
そもそも、茶業全体の環境が良くない中で、自社でも取引先の要望に応えるために、血の滲むようなコストダウン努力をして、どうにか存続している状態です。余裕が無い状態です。
そのような環境にありますから、生産者側の事情を斟酌して、買い取り価格アップ、顧客への値上げ通知などを行ってしまえば、自らの存続が危うくなりかねないのです。
まさに負のスパイラルですが、茶業の未来への不透明感というのは、大方こういうところから出ているのだろうと思います。
既存とは違う流通ルートも必要か
厳しいといわれる台湾の茶業界でも、茶農家の中には非常に前向きな方もおり、あるべき茶業の理想像を掲げ、積極的な投資を行っている茶農家さんもいます。
投資をすれば、当然回収をしなければならないので、それは価格に転嫁されたり、高額な新商品の発売、あるいは(高額での販売が可能となる)品評会受賞を狙いに行くような経営に舵を切っていくことになります。
ところが、こうした試みは茶葉問屋からすれば、非常に煙たいもののようで、私にはきわめて前向きと感じられる行動を、罵倒に近いような辛口評価をする茶葉問屋もありました(台湾で実際に聞いた話です)。
前向きと思われる取り組み・投資を既存の取引先が評価をしないのであれば、新たなルートを開拓するのみです。
たとえば、生産者の取り組みを正当に評価し、その取り組みの素晴らしさを最終の需要家である消費者層に分かりやすく伝える。
そのような流通の担い手が出てきて、そのルートで、ある程度まとまった量の販売が実現できれば、生産者の新たな柱が出来ることになり、様相はだいぶ変わると思います。
そのようなことを、生産者自身がやれば良いだろうと思われるかもしれませんが、生産・プロモーション・販売と全てがこなせるようなスーパーマンはそうはいません。
むしろ、得意分野を分業することによって、より大きな効果や成果を得ることができるのだと思います。
個人と組織の関与できる範囲の違いです。
既存の販路に商品を右から左に流してマージンを得るだけの中間業者ではなく、お茶やお茶のある生活の魅力を分かりやすく魅力的にPRし、お茶に新たな付加価値を生み出す(そのことで生産者のコストの価格転嫁を実現する)ような新しい流通の担い手が必要だと感じます。
新しい価値を生み出すことの対価として流通マージンを頂こうという、志の高い流通の担い手こそが求められていると思います。
今回の事例は、あくまで台湾のものであり、日本の茶問屋とは役割が一部違うところもありますが、おそらく日本でも同じような流通業者が求められているのではないかと思います。
次回は6月30日の更新を予定しています。