今年の3月から「標準」を読むというセミナーシリーズを始めて、4ヶ月ほど経過しました。
この間、「六大分類」と「緑茶」をテーマに、のべ300名弱の方にお話を聞いていただいています。
「標準」という、聞き慣れないテーマではあるのですが、内容としては、非常に身近な内容です。
中国茶を学ぼうと思った方が必ずぶち当たる壁があります。
それを乗り越えるためのツールとして、「標準」とその内容をご紹介しています。
人によって言うことが違っていた、中国茶の世界
中国茶を学ぶ方が、必ずぶち当たる壁とは、「人によって言うことが違う」という点です。
同じお茶の説明を聞いても、全く違うことを言われたりします。
「どちらが本当なのか?」と困ってしまうことが良くありました。
たとえば、中国茶にありがちな「本物」「ニセモノ」論争。
あの店で売っているのは「ニセモノ」だが、これは「本物」だ、と言われることもよくあります。
しかし、そもそも「本物」の定義は何なのでしょうか?
それを網羅的に、分かりやすく提示してもらわないと、本来、本物かニセモノかのジャッジはできないはずです。
そうでなければ、ただのセールストークにしか過ぎません。
そのへんを突っ込んで聞くと、「美味しいものが本物で、それ以外はニセモノ」とか「誰々さんが作ったものだけが本物」いう訳の分からない理屈を付ける方もいます。
もし、この理屈が通るのであれば、市場にあるのはほとんどニセモノということになってしまい、中国茶は非常に不健全な商品ということになります。
こんな馬鹿な話があるかと思うのですが、このようなやりとりは、実際によく起こっていたことでした。
定義が曖昧なら、議論にならない
この原因は、つまるところ、1つの物事に対して、それぞれの人がそれぞれの定義を行ってしまうがゆえの問題です。
言葉の定義が違えば、議論は全く噛み合いません。
議論のようなことをしたとしても、平行線をたどるどころか、ただの水掛け論になります。
最終的には、誰の言葉を信じるか?という、宗教的な問題に似たところに帰結します。
良く言うならば「いろいろな解釈ができて、自由で良い」のですが、悪く言えば「エビデンス不明・根拠不詳の情報に振り回される」ことになります。
日本のごく狭い世界の中だったり、現地のお茶屋さんの話を聞いてグルグルしていると、だんだん「中国茶とはそういうものなのだ・・・」と諦めに似た感覚を持ってしまいます。
しかし、現地できちんとした研究機関などで学んだり、研究者の方の発表などを聞いていると、「どうも最近は様相が違ってきているようだ」という感覚を強く持つようになります。
研究者の世界では当たり前なのでしょうが、いちいち、話に根拠やエビデンスが揃っているのです。
”どこどこの本に載っていた”程度ではないレベルで、かっちりとした根拠を示してきます。
それは科学的な積み上げであることもありますし、公的な「定義」によるものです。
オフィシャルな定義が分かる「標準」
特に決定的に大きな役割を果たしていると思えるのは、お茶に関する様々な「標準」が、数多く制定されてきたことです。
中国語の「標準」とは、英語では「Standard」、日本語にすれば「規格」のことです。
こうした規格を、国レベルの「国家標準」、省や市などが制定する地方レベルの「地方標準」、管轄する省庁や業界団体などが制定する「業界標準」など様々なレベルで作り始めています。
その数は、お茶に関する国家標準のみに限っても、既に100件以上制定されており、その数はどんどん増え続けています。
これらの「標準」では、そのお茶が何ものであるか、という定義や様々な用語に関するオフィシャルな定義が書かれているものもあります。
たとえば、国家標準「龍井茶」という標準を読めば、「龍井茶」は、どの地域で、どのような品種を用い、どのような製造工程で生産され、どのような特色を持つか、ということが(最低限ではありますが)明解に書かれています。
これは国家で認可されている、オフィシャルな定義ですから、かなり信憑性の高い定義です。
様々な議論の出発点になるものですし、先の本物ニセモノ論争でいえば、その判定の根拠になり得るものです。
このような根拠となる資料が整備されてきたので、中国のお茶は、むしろ以前よりも分かりやすくなってきていると感じます。
なにより、個人が勝手につくった定義に振り回されなくて済むのです。
中国はいろいろメチャクチャな国ではないか、という先入観念がある方には信じられないことかもしれませんが・・・
ことお茶に関しては、ここ数年でかなり明確にしようという意図が感じられますし、さらにこの流れは加速しそうです。
中国における「茶」の定義とは
中国のお茶は、いまやこのような「標準」というもので、かなり多くの部分がコントロールされるようになっています。
よって、何かお茶について正確な説明をしようとすれば、「標準」に何と記載されているか、をチェックする必要があります。
国家標準の中には、かなり本質的な部分を定義しているものもあります。
たとえば、2014年に制定された、国家標準「茶葉分類」には、茶とは何かということが、以下のように書かれています。
2.1 生葉(鲜叶) fresh leave
ツバキ属チャ(Camellia sinensis L.O. Kunts)の適切な品種から摘み取られた芽、葉、柔らかい茎で、様々なお茶を加工する際の原料となるもの。
2.2 茶葉(茶叶) tea
生葉を原料とし、特定の技法によって加工され、いかなる添加物も含まず、人々の飲用あるいは食用に供される製品。
中国においては、茶とはカメリア・シネンシスから作られたもののみを指し、さらにいかなる添加物も含まない、ということを大原則としています。
カメリア・シネンシスのみを茶とするというのは、中国だけが勝手に決めていることではなく、ISO(国際標準化機構)の定めている定義とも一致します。
ここで議論が起こりそうなのは、「いかなる添加物も含まない」という点です。
中国にはジャスミン茶があるではないか、というご指摘もあるかもしれませんが、これについて、中国では「再加工茶」という分類を整備し、そこで「緊圧茶」「花茶」「ティーバッグ」「粉茶」などを定義しています。
再加工茶と花茶の定義を国家標準「茶葉分類」で見てみますと、
2.15 再加工茶(再加工茶) reprocessing tea
茶葉を原料とし、特定の技術を用いて加工され、人々の飲用あるいは食用に供される製品。
4.7 再加工茶
4.7.1 花茶
茶葉を原料とし、整形、天然の香りの花での香り付け、乾燥などの加工技術を経て、生産される製品。
となっています。
花茶は、「天然の香りの花での香り付け」となっており、人工香料などは許可されていません。
中国は、こと茶に関しては、「自然の飲み物」であるという点を、かなり意識しており、それが「標準」にも反映されています。
茶の最大の生産国である中国では、無添加・無着色であることは、大前提であり、国家標準という分かりやすい形で定義されているわけです。
日本の茶の規格は、今のままで良いのか?
翻って、日本の茶ですが、食品衛生法に定められた範囲内であれば、「茶」であっても、着香や着色、調味料などの添加を許容しています(製茶指導取締条例のある静岡県を除く)。
もちろん、全てではありませんが、「茶」という同じ品目の中で、無添加のものと添加されたものが混在した状態にあります。
※原材料に表記されているかもしれませんが、そこまで普通の消費者は見ませんし、そこを気にさせるようでは、安心して茶の消費をしてもらうという点ではマイナスだと思います。
日本国内の消費者だけを対象にしていくのなら、このような曖昧さも許容されるでしょう。
しかし、仮に国際市場に打って出たときに、どちらが現地の消費者に安心感を与えられるのかを考えると、これは議論の余地がありません。
明解な規格を設けている国の製品(具体的には中国。日本向け輸出用煎茶のための生産機械・ノウハウが蓄積されています)に流れてしまうことは避けられないでしょう。
日本食がこれだけ世界中で食べられている時代です。
そこに添えられるお茶が、日本以外で生産されたお茶だというのは、あまり面白くありません。
日本の茶業界も輸出時代を見据え、日本茶の規格(Standard)を分かりやすく明示するべきではないでしょうか。
その際には、「茶」は無添加とし、「調味茶・加工茶」といった添加を認める分類を新設するなど、それぞれの規制基準を明確にするべきでは無いかと思います。
それが世界の潮流(なにしろ最大の生産国はそうしています)だと思いますし、消費者に正しい情報を伝え、選んでもらうという点でも、本来あるべき姿だと思います。
次回の更新は7月20日を予定しています。