第59回:茶業が国策であるということ

中国の茶業が急成長した理由

中国の茶業の昨今の成長スピードは、おそらく他の国の茶業関係者にしてみると、全く理解できない次元のものだと思います。
どのくらい異次元のスピードであるかというのは、生産量の数値からも明らかです。

茶葉生産量
1950年 6.52万トン
1980年 30.37万トン
2011年 162.32万トン
2017年 261万トン

1950年は、新中国建国の翌年の数値です。
日中戦争、国共内戦などの影響から、民国時代の最盛期には約20万トンの生産量があったとされます。
その数値から見れば、建国直後の1950年の中国の茶業は、ほぼ壊滅的といえる状態でした。

中国政府は、この状態から、茶業の復興をスタートさせます。
茶葉はソ連からの借款の返済原資にも指定されていたことから、政府は茶業を重視し、乏しい予算ながらも積極的に手を打っていきます。
結果、1980年には戦前の水準を超え、30万トンの大台に生産量を乗せてきました。
この間の増分は、毎年、1年で1万トン弱ということになりますから、割に理解しやすい成長スピードだと思います。
頑張れば到達可能な数字に見えます。

ところが、ここから成長スピードが明らかに変化します。
1978年12月に鄧小平の新政策、いわゆる”改革開放”が始まってから、徐々に成長速度を速めていきます。
社会主義市場経済を明確に打ち出す1992年には、茶の生産量は56万トンへと、約2倍に伸びていきます。

改革開放による経済成長が本格化すると、茶業は急速に発展し、2006年には102.8万トンと100トンの大台を超えます。
それから10年も経たないうちに、2014年には209.6万トンと、200万トンの大台も突破。
2017年には前年から生産量を約20万トン増やし、261万トンという数字を記録しています。
※生産量数値は、第15回国際茶文化研討会での発表数値および『中国茶データブック2018-19』(弊社刊)による。

1年で日本のお茶の生産量2年分以上が増えていくというスピード感は、過去の茶業の歴史から見ても、異常なハイペースです。
停滞感の漂う日本の茶業界からすると、にわかには信じられない・・・と感じるのも無理はありません。

 

中国の茶業が、このように急速な成長を見せている理由は複数あるのですが、ごくごく簡単に一言で説明するとすれば、

茶業の振興が国策だから

という言葉で説明することになろうかと思います。

 

”国策”という言葉の持つ意味合いの違い

日本でも、よく「国策だから・・・」というような話は、よく聞きます。
イメージされるのは、政府が補助金を少し出しているとか、そのようなバックアップをしている産業、程度の印象かと思います。

しかし、中国において”国策”という言葉の持つ意味合いは全く違います。

中国という国は、憲法において、中国共産党が指導をすることが明記されている国家です。
特に改革開放以降は、”開発独裁”に近い形での政治が行われています。

開発独裁というのは、経済成長などの果実を国民に還元することと引き換えに、政治的活動などの制約を正当化するものです。
政権の正統性は、経済成長が順調に続き、国民がそのことに満足している限りにおいて、維持されます。
基本的人権にも抵触するような強権的行為も、経済成長などの果実のためということで、ある程度は正当化されてしまうのが、こうした国家です。

開発独裁国家は、非常にスピーディーな意思決定と遂行ができるため、急激な経済成長を実現することができます。
その経済政策の中には、複数年の経済計画を設けるなど、共産主義国の計画経済に似た要素も含まれます。
※たとえば、台湾の蒋経国政権下における国家十大建設プロジェクトなど。

経済政策が上手く行っているときは、国民への還元も順調に進みますから、日々の生活が豊かになっていくという恩恵の方が、様々な制約による不自由を上回ります。
そうなれば、多少の不自由さを受け入れて、指導者を支持するということになります。

が、ひとたび経済政策が上手く行かなくなったり、国民が得られるべき経済成長の果実を不当に搾取されること(端的にいえば、汚職等)などが目立ってくると、国民の間で不満が高まります。
こうなると、開発独裁を行っている指導者・政党は、非常に危険な状態に陥ります。

日本のような民主国家であれば、政権与党の支持率が下がって、次回の選挙では別の政党に票が入り、政権交代が起こるだけでしょう。
その場合においても、国家機能は政権交代を前提とした官僚組織と官僚制によって、多くは維持され、混乱も最小限に収まります。
が、開発独裁国家においては、政党と国家が不可分の状態になっていることも多く、そもそも受け皿となるような政党が存在していません(多くの開発独裁国家では結党を認めていないか政治活動を制限しているため)。
このような状態で、仮に政権が転覆するという事態になると国家機能に支障が出る恐れもあります(軍部によるクーデターで政権が変わることもしばしばあります)。

民主国家であれば、政治家がいくら大言壮語して、絵に描いた餅のようなマニフェストを掲げ、それが実行されなくても、政治生命を失うぐらいで済みます(それすら失わないこともあります)。
が、開発独裁国家において、国策と掲げたものが上手く行かず、国民に豊かさの還元が進まなければ、極端な場合には、政権がひっくり返る恐れもあります。
そうなれば、政治生命どころか存在すら危うくなります。それが、開発独裁国家のリアルです。

ゆえに、開発独裁国家においては、国策と掲げたものは何が何でも実現しようとします。
もし、地方政府の長が、中央政府が計画した目標数値を達成できる能力が無いと見なされれば、その幹部はすぐに更迭されます。
政治的目標に対しての厳しさが、日本と中国では段違いの厳しさであることは、中国で行われる事象を見る上では必要不可欠でしょう。

 

茶業は国家の問題解決の手段

開発独裁国家における、”国策”に対しての厳しさを踏まえた上で、先日開催された第15回国際茶文化研討会の講演や共産党幹部の挨拶を聴くと、全く違う印象を持つことになります。
彼らの発言は、中国という国家の全体の国策に対して、茶業をどのように位置づけているのか、が明確に示されているからです。

中央政府が茶業をどのようにするべきと考えているか、あるいは地方政府として中央政府の意を汲んで茶業をどのように発展させていくかの意思表明をしていく場であることはもちろんですが、茶業界も「このような点で茶業は国家にとって重要である」ということをPRする場になっているのです。
非常に高度な政治的な駆け引きが、中央政府、地方政府、茶業界の三つ巴で行われているわけです。

中国の共産党幹部が出席するイベントは、このような政治的なパワーゲームの要素があることを踏まえた上で、中国国際茶文化研究会の周国富会長の基調講演の一部をご紹介したいと思います。
周会長は、浙江省諸曁市の出身で、浙江農業大学を卒業後、農業局の技師から入り、その後、浙江省内の県や市の要職を務め、浙江省の人民政治協商会議の主席となっており、第16回と第17回の全人代の代表にも選ばれています。
いわば叩き上げのバリバリの共産党幹部です。
それでいて、農業畑の出身ですから、中央政府の思惑と農業でできることの双方が理解できるという点で、かなり得難い存在の方だと思います。

周会長の講演タイトルは、日本語の漢字に直せば「国運盛即茶運興」。
ざっくりと訳せば、「国の運命(前途)が盛んになれば、茶の運命(前途)も興る」というものです。
茶業がいかに中国という国にとって不可欠なものかを表すタイトルです。

まず、今年は改革開放から40周年にあたるということから、これまでの中国の茶業の歩みを実績数値を挙げて振り返ります。

非常に輝かしい実績数値であることは明らかで、これについては初めに触れたとおりです。
そのなかでも変化している部分も述べられました。それが現在の茶園面積の拡大が、中西部に移行しているということです。

改革開放が始まった当初は臨海部の発展が進みましたが、その後、中国で課題となったのは内陸部などとの経済格差の問題です。
これに対応するために、中国政府は”西部大開発”などのプロジェクトを立ち上げるなど、貧しい地域への産業の誘致を図っていくことになります。
茶業は、この点においては大変うってつけの産業です。
とりたてて産業が無い地域においてでも、自然環境豊かなところであれば、その自然の恵みを活かした産業として成立させる可能性があるからです。
特に貧困度合いの高いとされた貴州省などの茶園面積が急拡大し、現在は雲南を抜いて中国1位になったことなどが示されています。

茶業で貧困を脱出!というのが、一つのキーワードになっています。

茶業が、このような中国の社会問題を解決する産業であることは、党の中央部や習近平主席も理解を示しているということが、いくつかのメッセージや発言などを紹介する形で、発表されました。

まず、党の中央部が2017年の文書において、茶産業の科学的な発展について具体的に触れていること。
習近平主席が、2年間で8回も茶都茶文化について言及していること。
第1回中国国際(杭州)茶葉博覧会に祝電を寄せたこと。

そして、習近平主席が発言したとされる、次の言葉が紹介されました。

「一枚の葉っぱが庶民を豊かにし、一つの産業を興した」

というものです。
茶業者にとっては、非常に大きいお墨付きをもらったことになります。

茶業によって貧困を脱し、一つの産業となったモデルケースとして、中国国際茶文化研究会では3つの地方都市の名を挙げています。
それが、湖南省安化県、福建省安渓県、そして浙江省安吉県です。
それぞれ、安化黒茶、安渓鉄観音、安吉白茶という名茶を軸に茶業を発展させ、豊かさを手に入れた地域です。

こうした地域を次々と生み出していくことができれば、中国が抱える社会問題の一つである、都市と農村の格差を是正することになるのだ、というわけです。

 

茶業は国家のどんな問題を解決できるのか?

「こんなことが本当に上手く行くのか?」と訝しく思う方もいらっしゃると思います。
当然、ここまでは発表の序盤であり、この後に茶業界が越えていかなければならないことなどを、厳しく指摘していき、茶業者へ奮起を期待する内容が続いて行きます。
それは、また稿を改めてご紹介したいと思います。

ここまでの部分で、日本の茶業界でも非常に参考になるのではないか、と感じるのは、「茶業を振興すると、どのようなプラスの効果が表れるのか」を徹底的に考え抜き、そこを積極的にPRして政府を動かしていく、ということです。

日本でも台湾でもそうなのですが、茶業というものに政府は、あまり関心を払っていません。
そのことについて、日本でも台湾でも嘆きの声を上げる茶業者は多いのですが、嘆くばかりで具体的な提案が乏しいように感じます。
「茶業界が良くなれば、国家にどのような良い影響を与えるのか」をきちんとプレゼンテーションしているという話は、寡聞にして聞いたことがありません。

「苦境にあえいでいます」「放棄茶園が増えて寂しいです」という情緒的な話だけではなく、「茶業は未来のある産業であり、これを振興しない政府は将来の果実を手放すのと一緒である」という理路整然としたシナリオを、茶業者の側が考え、それを迫力を持って訴えていかなければならないのです。

中国の茶業界にしても、もし仮に「貧困を脱出する産業ならば、茶よりもコーヒーの方が良いですよ」ということになれば、政府からの支援は細ってしまうことでしょう。
そうならないように、あの手この手で、茶業が必ず国家の役に立つものであることをPRし、国策に組み込めるように働きかけを必死で行っているのです。

中国の茶業界が伸びているのは、冒頭に述べたように、国策に組み込まれたことにあります。
しかし、そこに組み込まれた理由を考えてみれば、茶業界が打つべき手をきちんと打ってきたから、という点を見逃すわけにはいきません。
政治体制は違えども、やはり業界側の大局を見たプランニングは重要なことだと感じます。
それこそ周会長のように、茶業から天下国家を語るような人材というのも、茶業界には必要なのではないでしょうか。

 

次回は12月20日の更新を予定しています。

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